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シャッター通りを抜けて、銀杏並木の道を通る。銀杏の葉が、金色に色づいている。車窓から外を眺めていたあかりが、
「ねえ、おなかすかない?」とつぶやいた。
「そこの児童公園に車停めてよ。ベンチ座ってこれ食べよう」
姉は、ラップに包んだ蒸しパンを、かばんから取り出して、「にしし」と笑った。
ブランコと滑り台だけの小さな公園だ。遊んでいる子供もいない。落ち葉がくるくる風に遊ぶように舞っている。
肩を出したドレス姿のあかりは、寒そうだ。
自動販売機でホットコーヒーを買って、色のはげたベンチに並んで座る。
「あたし、あんたが生まれたときのこと、覚えてるんだ」
あかりが言った。
「病院の待合室で、お父さんと蒸しパン食べたんだよ。なんで蒸しパンだったんだろう。売店で売ってたのかな」
姉の作った蒸しパンは、ひしゃげていて、やさしく甘い味がした。慎太郎は、それを唇ではさむようにして噛みしめる。
先に食べ終えたあかりは、立ち上がると、コーヒーの空き缶をくず入れに投げ捨てて、
「はあっ!」
と、声をあげた。
「びっくりした。何だよ?」
「あそこ。あそこの赤い屋根の材木屋さあ。カネキの家じゃなかった?」
「……カナキだよ」
「そうそう。カナキ。あんた、いじめられてたでしょう。カナキに。中学の時」
そんなこともあった。昨今テレビでやっているほど、陰湿なものではなかったが、その当時はつらかった。教科書を捨てられ、「バカ」と落書きされた上履きをはいたまま、授業を受けたときのくやしさがよみがえる。
「なんで姉ちゃん知ってんの」
「日記読んだんだもん。昔」
「はあ……」
悪びれない姉の態度に、慎太郎は言葉をなくした。
「あんた、昔はきゃしゃだったもんね。今は、でかいけど。今はでかいし、チトくんみたいな友達もいることだし、大丈夫よね」
真面目な顔で見つめられて、慎太郎は「うん」とうつむいた。
「おっし。お姉ちゃん安心したわ。んじゃあ、カナキのとこ行ってみよっか」
「……は?」
「カナキに仕返ししてやりたくない? 今、実家住んでんのかなあ。知ってる?」
「知らねえ」
金木とは、別の高校だったし、音信は途絶えている。今どうしているかなんて、考えたこともなかった。東京に出たかもしれないし、実家の材木屋を継いだかもしれない。どちらにせよ、慎太郎にはどうでもいい。
どうでもいいと思っていたのに。
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