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その日からずっとご主人様とママさんの二人は言い争ってビリビリ喧嘩モード。ミクといる時の二人は前と変わらず仲が良さそうな演技。二人はボクを撫でてもくれなくなった。こんなのボクが大好きな二人じゃないよ! ミクも両親のビリビリ喧嘩モードを感じているのか、家族みんなの前では必要以上に明るく振舞っている。けどボクは知っている。ミクは両親がいなくてボクと一緒の時はシュンと沈んでいることを……
そんな家族みんながギクシャクしている毎日がただ過ぎていく。ボクは……ボクはどうしたら良いのだろう? 分からない。分からなかった……
「あなた、明日が期限よ」
「そんなの分かっている!!」
ミクが寝静まった後に、もう日常になった言い争いをまた始め出す。ボクは心配だから二人の側にとととっと近寄った。
ご主人様は両腕をテーブルに突っ伏している。ミクがそんな姿勢をしようものなら二人ともすぐに怒るのに。だからボクはご主人様を注意しようと、ワンと鳴こうとしたその瞬間に――
「どうして……どうして誰も金を貸してくれないんだ!!」
ご主人様はガバッと顔を上げ、あらんばかりの力でドン! と自分の両手をテーブルに叩き付ける。なんて痛そうな……だけどご主人様の両手の心配をしているのはボクだけみたいだ。ママさんは怯むことなく、冷たい目でご主人様を見ていたからだ。
「で、どうするの?」
そんなママさんの目に気付く様子もなく、ご主人様はただただテーブルに置いてある手をわなわなと震わせ続けている。しばらくそのまま沈黙が続いたけど、やがてご主人様が重々しく口を開く。
「どうしようもない……明日あの男にもう少しだけ待ってもらえないか頼むしかない」
「何言っているの!? 私とあなただけの問題じゃない。ミクの人生も懸かっているのよ!! あの子はまだたった七歳なのよ!!」
今度はママさんがバン! とあらんばかりの力でテーブルを叩く。ボクが生きて来た中でこんなママさんの凶暴性の強い行動見たことない。
「そう……だな。ボクらだけじゃない。ミクの人生も背負っているんだったな」
しかしご主人様には感じるものがあったのか、ご主人様の顔が柔らかくなる。
「そうよ」
ママさんは最近ではご主人様にめっきり見せなくなった優しい笑顔になり、そっとご主人様の後ろに回り込んでから、自分の夫をぎゅっと抱きしめてみせる。それはボクがずっと待ち望んでいた光景だった。かつて良く見た仲が良い二人の光景。それがとてつもなく大切だったと今のボクには痛いほど分かった。良かった。ようやく仲直りしたんだね……
「うん。今までの僕には覚悟が足りなかった。とにかく明日、もう一度僕の両親に頼んでみるよ。お金を貸して貰えるまで土下座でもなんでもする。だからきっと上手く行くさ」
ご主人様はママさんの方を振りかえって、ようやくいつもの笑顔を見せてくれた。
「そうね。きっと上手く行くわ」
「違う。僕たちが上手く行かすんだよ。君にはこの一か月だけじゃない。今まで借金のことや何やらで苦労を掛けた。すまない」
ご主人様がそぅっと優しくママさんが抱きしめている手を解いて、その手をゆっくり握る。
「良いのよ。さあ明日のためにもう寝ましょう」
「そうだな。久しぶりに二人で一緒に寝よう」
「ええ」
二人はそう楽しげに言い合うと、手を繋いで寝室へと向かったので、この部屋はしんと静まり返る。
結局二人は様子をこっそり見ていたミクにも、ボクを撫でてくれることもなかった――まるでこの静けさは束の間の狩りの前みたいだなとボクは思う。
そしてそれは正しかった。
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