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今、連絡しましたら上着のジャンパーが無くなって探している所だと……」
「何それ! ジャンパー? そんな事どうでもいいじゃないの!」
スタッフは頭を垂れて謝るしかなかった。
パパラッチのバイクはぴったりとタクシーの後ろに付き、片手に持ったスマホで撮影を続けていた。
「お客さん……あの城羽涼介だよね? 道理で似ていると思っていたよ。
私の息子はね……芸能関係の会社に勤めてるんですよ。貴方と同じようなジャンパー着てね。
でもどうして、会津若松までタクシーで行くんかい?」
「これから大切な人に会いに行くんです。どうしても会わなきゃいけない」
「なるほどなあ。それにしても、後ろから付いてくるバイク、携帯で撮影しながら走って危ないでしょうよ。ねぇ?」
「そうですね……やっかいなモンに捕まっちゃったよなァ……」
「何とか振り切ったりしても良いんですがね? 城羽さんが宜しければですが」
「え?……まぁ。出来るならそうして欲しい所ですけど」
「そう来なくちゃぁ!! おしっ、行きますで~! 任せて下さい。次のインターで降りて山道走りますわ!」
山中と名乗ったタクシーの運転手は少しスピードを上げて、意気揚々とハンドルを切った。
会津若松市は涼介の懐かしい故郷だ。
ここに中学生時代からの恋人、詩織がいる。
時々のお忍びデートには、大抵マネージャーの車に乗って出掛けていた。
今年は一度だけ夏の終わりに墓参りを兼ねて会いに行った。
詩織と一緒に居ると何故か安心する。
まるで、宇宙飛行士が遠い星に旅に出て無事ミッションを達成し、地球に帰還したかのような安心感。
詩織の温かさは自分の罪深さも、甘い功績も、全てを受け入れてくれるように思う。
帰った時は必ず膝枕。
そして東京でニュースになっている出来事や映画の撮影、楽曲の制作の事など、尽きないどんな話でさえも詩織は温かい眼差しと笑顔で優しく頷いて聞いてくれるのだ。
気が付くといつの間にか眠っている……それが涼介にとっては大切な充電の時間だった。
涼介の携帯にまた、着信ベルが鳴った。
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