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「……詩織」
「涼介? 今テレビで……記者会見は? ワイドショーはあなたの話題で持ちきりよ」
少し焦ったような声で詩織は言った。動揺が伝わる。
「詩織……大丈夫だ。今、そっちに向かってるから」
「一体何があったと言うの?」
「いいか詩織、よく聞いて」
涼介は大きく息を吸って、静かに強く言葉を紡ぐ。
「僕が結婚したいのは君だ。何もかも失っても構わない。ただ君だけは失いたくない!
僕の人生には君が必要なんだ。結婚して一緒にハリウッドに来てくれ。
三流の舞台俳優からやり直してもいい。必ず復活する。それまでは何があっても頑張るから」
「でも、涼介……」
「ああ……とにかくさ、今向かってるから、いつものあの橋で落ち合おう」
そう言うと、涼介は電話を切った。
気持ちのどこかで、これは駆け落ちなんだろうな……と思っていた。
学生の頃は良かった。
いつも、あの橋の上で詩織と待ち合わせをした。
涼介の家は阿賀川の手前側、詩織の家は向こう側にあって、お互いに電話を切ってから同時に向かうと、ちょうど橋の真ん中で会える距離なのだ。
二人とも、それが天の川の七夕伝説みたいで気に入っていて、毎晩のように家を抜け出しては会っていた。
ワイドショーでは司会者とコメンテーターが興奮気味に、涼介の過去の功績を語っていた。記者会見が中断して大騒ぎしている様子が何度もVTRで流される。
やがて婚約相手の麻倉美憂が映し出された。 一人での会見だ。
「城羽さんは今現在も行方不明との事ですが、今のお気持ちは」
「まずはその理由が知りたい……そして、今後の事も二人でしっかりと話をしたいです」
(もう、見てられない……)
詩織はテレビを消し、2階のベランダに出た。混乱と、喜びがないまぜで、過呼吸になりそうだった。
山から降りてきた微かな風が髪を優しく撫でる。
深呼吸をしながらそっとお腹に手を当て、さすりながら話し掛けた。
「……パパ、来るってさ」
詩織のお腹には、命が宿っていた。
ずっと涼介には黙っていたけど、今日は打ち明けなければ。
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