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タクシーは高速道路を降り、かなりでこぼこした山道に入っていた。
スピードを上げ、泥水を跳ねながら目的地へ向かって行く。
と、パパラッチのバイクはカーブ手前で泥を含んだ落ち葉に滑ったらしく、
「ブゥォーン!!!」
という音と共に大きくバランスを崩し、そのまま転倒した。
パパラッチは地面に投げ出されゴロゴロと3、4回転して身を起こす。バイクからは白煙。
その様子をバックミラーで確認したタクシー運転手の山中は嬉しそうに「ワオゥ~!やったぜ涼介さん!」と笑って、ガッツポーズをした。
どうやら大きな怪我はしていないようだ。
山を抜けると、間もなく目的地の橋。少し手前でタクシーを降りた。
「有難う、運転手さん……いや、山中さん。」
「いえいえ! どういたしまして」
山中はそう言うと笑みを見せながら、ゆっくりと車を走らせ去って行った。
涼介がしばらく歩いて行くと、いつもの橋が見えて来る。
その橋の向こうに、白とブルーのストライプ柄のワンピースを着た詩織が立っていた。
涼介は黒いジャンパーを橋の上から、河川敷へ投げ捨てた。
もう、これからは堂々としていよう。
そして、二人はゆっくりとお互いの方へと歩き始める。
ちょうど、いつもの様に橋の中央で重なった。
涼介は詩織を見つめると、何も言わずにぎゅっと抱きしめた。
詩織から声にならない吐息が微かに漏れ、一瞬、涼介の本能を刺激した。
「今まで、待たせてごめんな。僕の結婚したい相手は君だけだ。
もう、これからは自分らしく生きたい。詩織……僕と結婚して一緒に暮らそう」
詩織は思わず息を詰める。
その言葉をどれだけの間、待ち続けていたか。
これからは、ずっと一緒に居られる。
耳元で囁かれた涼介のその言葉で、心と体が安心感に満たされていく。
その言葉に出来ない感触が全身に満ちて、詩織は抱きしめられたまま、なんとも言えずふわふわとした。
夕焼けの空は、どこか温かい色をしていて、雲と、空と、夕陽のグラデーションは一枚のフォトグラフの様に詩織の脳裏に焼き付いていく。
まぶたを閉じると、目尻から一筋の涙がスッと流れていった。
「ありがとう、涼介。……実はね、私のお腹の中には、貴方の……」
詩織はそう言うのが精一杯で、もう言葉にはならなかった。
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