真昼の出来事

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真昼の出来事

 都内で印刷会社に勤める進藤さんが、新入社員だったころの話。  配属された営業課は外回りがメインで、入社当時は研修とお得意様への挨拶がてらも兼ねて、先輩社員と二人一組で営業先を車で回らされていた。進藤さんの指導を担当してくれたのは、矢部さんという先輩で、学生時代はアメフトで活躍していた、屈強な身体と底抜けに明るい性格の持ち主だった。  その日も朝から、進藤さんは矢部さんと社用車である軽自動車に乗り込んで、お得意先へと向かっていた。ハンドルを握るのは進藤さん。入社前になんとか免許は取得したものの、まだまだ交通量の多い都内での運転に慣れておらず、ガチガチの緊張状態で危なっかしい進藤さんの運転にもかかわらず、助手席に座る矢部さんは気にもせず、 「お、あそこのラーメン、ネットで評判いいんだよな。あとで寄るか?」 「やっぱポルシェは赤だよなぁ。白やシルバーは無難すぎ」 「あ、あの()、めっちゃタイプ。な、見た? 見た?」  などと、車窓から街の景色や行き交う車を眺めては、目についたものを片っ端から、呑気にあれこれと語り掛けてくる。  高級外車も行き交う都心の道路で、事故でも起こしては大変と、進藤さんは「はぁ」とか「そうですね」とか適当に相槌を打っていたのだが、それは池袋から明治通りを走り新宿へと向かっているときだった。渋滞の多い道なのでなかなか車が進まないでいたけれど、珍しくその日は助手席の矢部さんの口数が少ない。いつもなら、渋滞の時にこそ、イラつきそうになる気持ちを紛らわしてくれるかのように、あれこれ面白い話をしてくれていたのに。
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