真昼の出来事

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「よしてくださいよ。こんな真っ昼間に、そんなワケないでしょ」  タクシーにまつわる怪談話の定番は知っている。乗せたはずの客がいつの間にか消えていたというパターン。でもそれは大抵、雨の夜とか病院や墓地の近くで起きる話なんじゃないのか。 「じゃあなんで、あのタクシーは空車マークを出していないんだよ。俺さっき確認したぞ。ちんそうって読むのか?あれ。客が乗っていますってマーク光らせて走ってんだぞ。乗ってんだよ、誰かが」  『空車』でも『回送』でも『迎車』でもなく、『賃走』の表示を出して走っているタクシー。あの運転手にだけ見えている、客が乗っているとでもいうのか。  と、前方を走っていたタクシーが、左ウィンカーを点灯させ路上に停車した。 「お、停まったぞ」  『見えない客』が乗っているだなんて言うのは矢部さんの妄想で、ちゃんと乗客が降りてくるのではないか。例えばすごく背の小さな人とか、小学生とか。結末をこの目で見届けたいという進藤さんの思いが通じたのか、また信号につかまり車の流れが止まったため、停車したタクシーの様子を後方からうかがうことが出来た。 「誰も降りてこねぇな」  矢部さんが言う通り、ハザードランプを点灯させ停まったままのタクシーの、後部座席のドアは開かない。代わりに運転席のドアが開き、運転手が降りてきた。先程までの朗らかな顔とは打って変わって、おろおろと不安げな表情で顔色も真っ青だった。後部座席を覗き込んだり、辺りをきょろきょろ見回したりして、明らかに動揺が見て取れる運転手さんの姿に、 「ほぉら、やっぱりなんかを乗っけちまったんだよ」  そんな矢部さんの言葉も、今度は納得してしまった進藤さんだった。  ── 目的地に到着すると、後部座席の女の姿は消えていました。──  あの様子から見て、定番の怪談どおりの展開が、運転手の身に起きてしまったのだろうと。 (『狐につままれた』人の顔とは、正にああいう表情を言うのだろうな)  呆然と立ち尽くす運転手を横目に、動き出した車の流れに従い、進藤さんはアクセルを踏んだ。  と、その瞬間 ──
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