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薄暗い墓場から、白馬に乗った赤魔女が出てきた。
何かが焦げる異臭が、あたりに漂っている。
いつもの笑顔は、どこか悲しげで、どこか寂しげだった。
淡々と墓場を去ろうとする彼女の前に、一匹の馬が立ち止まる。
「吟遊詩人様」
白き老魔魔導師は馬から下り、頭を下げて話しかける。
赤魔女の笑顔が変化し、右眉だけが上がる。
「あてくしに何のようさね? 爺さん」
「悲しくも素晴らしき叙事詩、ありがたく存じます。わが師ウォーレンの最後、わが心に、そして羊皮紙に刻み込みました」
「よかったねぇ」
「是非ともあなた様のお名前を、教えていただけませぬか?」
「通りすがりの名も無き吟遊詩人だよ」
「・・・お教えくださいませ。」
不快そうに笑顔を歪ませ、ぼそりと答える。
「ファム。」
既に作者名ファムと記してある羊皮紙の最後に、書き込んでいく。
FAM The RED.
赤魔女ではなく、赤き吟遊詩人、と書き記したのだ。
「ありがとうございます。ファム様」
「相変わらず小賢しい小僧だねぇ。テト」
お互い既に正体を見抜きあった上での茶番をくさし、赤魔女は言葉を続ける。
白き聖大魔道士ウォーレンの魂は煉獄に堕ち、いまも魂は苦しんでいる。この魔法の製作者は誰なのか、決して語るな。彼の名を、名誉を貶めてはならぬ。万が一、彼の最後を探る者がいたら、灰かぶりの魔女に殺された、とでも言うがいい。高潔にも勇ましく戦い、敵を打ち滅ぼす寸前、卑劣な魔女に足元をすくわれたのだと言っておけ、と。
畏まりました、とうなずき深く頭を下げるテト。
彼を尻目に、赤魔女は馬ごと踵を返し、立ち去ろうとする。
「お待ちください、ファム様」
予想通りと言わんばかりに立ち止まり、ちろりと後ろを振り向く赤魔女。
「・・・あの肉は不味かったろ?」
「はい。塩辛くて、堪ったものではありませんでした」
ふぇふぇと笑う赤魔女。
「しかし、あの涙の味の肉のおかげで、今の私はあるのです」
そしてあの赤いローブがウォーレンの形見であり、誇り高き聖なる白き衣が鮮血に塗れ、あのような姿になってしまった、と。さらにはファムがその血の業と共に羽織ったマントも、ウォーレンのマントである、と。そしてあの奇跡の呪文の背後には、多くの犠牲者がいる事を忘れるな、と。
「しらんがな。」
どこかで聞いた言葉を吐き捨てる。
おそらく何を話すかも、理解していたかも、判っていたのであろう。
しかし、さらにテトが続けた言葉は、赤魔女の想像をも超えていた。
「消して記しませぬ。どうか、お名前を。我がもう一人の恩師様」
しばし絶句し、戸惑うような苦笑。
「両親を殺され、恩師を失った哀れな小僧に、どうか、どうか。」
頭を更に深く下げる。
大きく息を吐き前を向き、観念したように呟く。
「エラ。エラノーラ。」
振り返りもせず、そのまま白馬を走らせる。
その姿が見えなくなるまで、否、見えなくなってもしばらくの間、テトは頭を下げ、拝礼を続け、小さく呟いた。
「ありがとうございます。ファム様」
更に心の中で呟く。
・・・そして我らの「灰かぶりの貴女」様。
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