赤魔女との邂逅

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赤魔女との邂逅

「雷光よ!聖なる力もて敵を討て!」 白き聖衣(ローブ)とマントを(まと)いし老魔道師の声が、穏やかな森のしじまにに響き渡る。 同時に、突き出された彼の(てのひら)から稲光が煌めく。 自然界のそれと違い、真っ直ぐに突き進む強烈に輝く矢は、そのまま狼の体を貫き、吹き飛ばす。 狼は絶命し、動かかぬ(むくろ)と化した。 9匹目。 20匹ほどいた狼の群れは半数ほどに数を減らし、白き魔道士に恐れをなし、尻尾を巻いてちりじりに逃げ去って行った。 「少年よ、もう大丈夫じゃ」 狼の姿が見えなくなると老魔道師は振り向き、怪我を負い、怯えて動けないまま震える少年に近き、何かを唱えながら改めて掌を少年にをかざした。 先ほどまで恐ろしい稲光で狼達を吹き飛ばし続けた掌から、今度は柔らかく優しい、暖かい光が溢れだしていく。 狼に噛み砕かれた膝に光が当たると、ゆっくり逆再生していくかのように、砕けた骨がつながり、えぐれた肉がふさがり、何事もなかったかのように皮膚に覆われていく。 痛みも、老魔道師の魔力に恐れをなしたのか、傷とともに霧散していく。 それまで恐怖と痛みに声も出なかった少年は、目の前の、自らを癒す奇跡を、ただ茫然と見つめていた。 ふと、少年の緑色の瞳に光が戻り、急いで周囲を見渡す。 父を、母を。 幼き自分を護るべく、果敢に狼の群れと戦っていた二人を、探し求める。 いた。 二度と動かぬ、かつて父と母だった二対の肉塊が。 錯乱し絶叫する寸前に、さきほどの掌が、少年の頭に乗せられた。 魔法ではなく、老魔道師の手が持つ温もりが頭からしみこみ、少年の半狂乱を鎮める。 これだけで理性を繋ぎ止めた5歳ほどの少年の聡明さに、内心、感銘を受けながら、老魔道師はまだ聞かぬ少年の望みを叶えるべく、動かぬ夫婦に近づく。 しかし、一見して叶わぬ望みであることを悟り、小さく(かぶり)を振る。 いたるところで四肢は食いちぎられ、内臓は引きずり出され、か、と見開かれた瞳からは、すでに光は(つい)えていた。 魂の残りし肉体であれば、魔法で救うこともできた。 しかし魂の去りし肉体に力を取り戻す事は、かの白き老魔道師にも不可能であった。 せめてもの手向けに、そっと二人のまぶたを閉じてやる。 「少年よ、すまぬ・・・・・・」 今度こそ泣き叫ぶだろう、と老魔道師の心は痛んだが、少年は涙を溢れさせつつも口を堅く結び、震えながら理性の喪失に堪えていた。 なんという子だ・・・・・・。 老魔道師の銀色の瞳が孫を見るような老人の瞳に一瞬戻り、健気な少年に微笑みかけた瞬間、背後から強烈な悪意が飛び掛かってきた。 少年から両親を奪った残党が一匹、天より授かりし狩人の足にて舞い戻り、無防備な白き背中をかみ砕こうとする刹那。 どこからともなく飛んできた小さな火球がその鼻面を弾く。 狼がひるんだ瞬間、今度は大きな火球が身体全体を覆う。 老魔道師が振り向いた時には、狼は狼ではなく、肉の焼ける香り漂う、狼の形をした丸焼きに姿を変えていた。 炎の魔法で救ってくれた人物にお礼を言おうと振り向いた老魔道師の銀色の瞳は、予想外の姿を捉え、見開かれ、口は言葉を飲み込んでしまう。 「危なかったねぇ、爺さん」 木陰から白馬に乗った、炎のように赤い衣をまとった女性が、ふぇふぇと笑いながら姿を現した。 見た目は20代後半ほどの、肩ほどまでの金髪をなびかせた、華奢な、紅い瞳が印象的な女性。 しかし老練な白き魔道師には、そのような擬態は通じなかった。 「もしや・・・・・・あの伝説の・・・灰かぶりの魔女・・・か?」 ようやく振り絞られた言葉に、女性は笑顔のままピクリと反応する。 口角も目じりも徐々に跳ね上がり、笑顔が凄みを増していく。 「あてくしをその名で呼ぶとは、失礼な爺様やねぇ」 自らをあてくしと称する女性は、満面の笑みのまま顎を引き、ナイフのような冷たい光を宿した瞳で白いローブを見据え、言葉を続ける。 「あてくしは、あてくしの事を赤魔女としか呼ばないよ、白魔道師」 「いや、すまぬ赤魔女殿。まずは命を救われた礼をさせてくれ」 背筋を伸ばし、礼節をもって拝礼しようとする白き老魔道師を、赤魔女はふぇふぇと笑いながら手で制しつつ、続ける。 「あてくしは今日の夕飯を調達しようとしただけやけ、礼には及ばんよ」 吊り上った目じりも口角も元に戻っており、わずかに毒を含めた笑顔を見せる。 突き刺さってくる毒針を平然と無視し、老魔道師は相談を持ちかけた。 「赤魔女殿。おぬしの知恵で、この夫婦、なんとかならぬかのぅ?」 「この生肉を・・・あてくしの夕飯にしろ、と?」 一対の小さな緑の瞳が放つ怒りの矢をさらりと受け流し、しかしそれでも喚かぬ幼き賢者に好意的な一瞥を与え、言葉を続ける。 「死せる聖者様を蘇えらせる魔法があるという話は、あてくしも知ってる。でもそれは・・・・・・」 「我々には使えぬし、理解もできぬ。さすがの赤魔女殿でも難しいか」 赤魔女も頷く。 ふむぅ、と悔しげにため息をつく白き老魔道師。 「爺さん、あてくしは秩序の白も、自由の黒も、なんか性に合わん。」 魔道師も、こくりと同意を示す。 「やけど、この子の想いを汲んであげられるのは、徳深き白い爺さん、あんただけなのかもしれないねぇ」 「やってみよと言うのか? このわしに」 「知らんがな。」 ふぇふぇと笑い、自身の瞳と同じ色のナイフを取り出すと、肉の焼ける良い香りを放つ狼の4つの足を器用に切り取る。 美味しい方の前足2本を子供に押し付け、残った後ろ足2本を布袋に無造作に放り込み、そのまま白馬に乗り立ち去ろうとした赤魔女を、白き老魔道師が呼び止める。 「待て、赤魔女殿。わしの名は白魔道師ウォーレン、リッチモンド・ウォーレン。名前だけでも教えてもらえぬか?」 ちらりと後ろを振り向き、赤魔女は自嘲気味の笑みを浮かべ、また前を向く。 「ファム。見ての通り、灰かぶりの魔女さ。」 ぼそりと呟き、そのまま振り向きもせず馬を走らせ去ってしまった。
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