赤魔女との邂逅

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「少年、おぬしの名は?」 低い岩に座り、まだほのかに暖かい肉を(かじ)りながら、ウォーレンはたずねた。 「テト・・・です。ウォーレン様、助けてくれてありがとうございます」 下を向き、しかめ面のまま両親を殺めた狼の肉を齧りながら、視線を交わさずに答えるテト。 両親を埋葬した後、ずっと下を向いたままだ。 泣いているのを悟られぬためであろう。 テトの気持ちを察し、ふむとだけ返事をし、老魔道師は黙って胃袋に肉を送りこみ続ける。 「・・・ウォーレン様、伝説の灰かぶりの魔女とは、何者なのですか?」 しばらくして不意に、少年が質問を投げつけてくる。 「わしも伝説としてしか知らぬが・・・。まずは秩序の白から説明せねばならぬな。」 ウォーレンは言葉を続ける。 この世の中は、いわゆる正義と言われる、秩序の白。悪と言われる、混沌の黒。その中間に立つ、中立の灰。3種類の思想がある。 しかし歴史には、中立の赤を名乗る思想が記されている。 その常軌を逸した思想は、もちろん白黒灰、全ての世界からつまはじきにされた。 定住の地も得られず、永遠に放浪し続ける、自らを調和の赤と称する、謎の思想。 それは魔女の姿をした個人とも、一団とも伝承されるが、永く生きたウォーレンですら始めての遭遇であり、生きた伝説を見たと驚いたのだ、と。 「なら、なぜ赤い魔女ではなく、わざわざ灰かぶりの魔女・・・と?」 質問の意図から微妙にずらした回答に対し、無垢な少年は追い討ちをかける。 逃げを許さぬ少年の聡さを、今度は不快に感じつつ、老魔道師は毒づく。 本来、中立は灰色というのが世の(ことわり)。本人たちは調和の赤などと(うそぶ)くが、そのような戯言(ざれごと)を受け止める民などありはせぬ。故に放浪するあの魔女も、見ての通り赤き衣は灰にまみれ薄汚れておる。それを我らは、薄汚れても灰色にすらなれぬ、と揶揄(やゆ)をこめて灰かぶりの魔女と呼ぶのだ。 唾棄(だき)するような、(とが)めるような口調の、老魔道師の言葉。 咀嚼(そしゃく)するように、言葉を、肉と共に噛み締めるテト。 そして意を決して、魔道師をまっすぐ見据える。 「お願いします。僕を、ウォーレン様の弟子・・・いや下僕としてで構いませんので、お側で学ばさせていただけませんか?」 「いきなり、どうした? なぜじゃ?」 「僕は両親とウォーレン様に命を助けられ、ファム様は僕に生きる道を教えてくださりました。苦しくても(かたき)を喰らい、前を向け、と。」 5歳とは思えぬ洞察力と語彙力に、魔道師の素質を、それも天性のそれを感じ取ったウォーレンは、言葉の中の真意を詰問した。 「蘇生・・・蘇りの魔法を・・・わしと共に探したい・・・・・・のだな?」 こくりと頷くテト。 「そして、それをもって赤魔女に恩を返したい、と」 再び頷く、テト。 「わしと・・・・・・・・・」 ごくりと唾を飲み込む。 純粋な幼子には、それが己の人生を懸けるにふさわしい偉業に思えるのだろう。 しかしウォーレンはその道が、極めて危険で、困難で、恐ろしいものだということが判っていた。 これらから繰り広げられる(おぞ)ましき光景をすでに見抜いてしまった銀色の瞳が、知性が、()のが身が、戦慄(おののく)く。 「この子の想いを汲んであげられるのは、あんただけなのかもしれないねぇ」 赤魔女の言葉が脳裏に再生される。 誰かがやらねばならぬ。誰かが。 血に(まみ)れし悪業が伴うことを判っていても。 誰かがやるしか、道は示せぬのだ。 この少年の両親を救ってやれなかった自分にしてやれることは、それしかない。 しかし、この少年にその(カルマ)を背負わせてはいけない。 覚悟が、決まった。 白き魔道師は微笑んだ。 「テトよ、おぬしはまだ幼い。わしは隣の国にある王立宮廷学校に伝手(つて)がある。まずはそこで基本的な世の常識と魔術を習うが良い」 テトの緑色の瞳が、ぱっと明るく輝く。 「わしが送るゆえ、安心いたせ。」 それがウォーレンとの終生の別れになることを知らぬテトは、見よう見まねで拝礼する。 「ウォーレン様。貴方(あなた)様は私の、まさに一生の恩人です。終生、この恩を忘れることはありません。いつか貴方様のお役に立てるよう、精進します。」 同じような年齢の孫を持つ老人は、嬉しそうに、うんうんと頷いた。
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