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吐き気を催すほどの腐臭と、強烈に焼き焦げた臭いが混ざっている階段を、ファムは松明も持たずに静かに下りていった。
「あんな不快な怪物、あてくしも初めて見たねぇ」
ふぇふぇと笑いながら、一人呟く。
顔が、肉体が、腐りながらのそりと蠢く、いわゆる腐乱死体。
既に骨と化しているのに、その事実を忘れたかのごとく歩き回り、武器を振り回す骸骨。
いつもの笑顔だが、明確に不快さと怒りが篭った笑顔だった。
地上の墓場は、彼女の下僕の炎が、いまも異形の怪物を破壊し、焼き尽くしているであろう。
その尻尾が偶然破壊した建物の中に、地下へと続く階段を発見したのだ。
迷宮を想像していたが、地下は広い部屋がひとつだけであった。
夜目の魔法が宿ったその紅い瞳で、部屋の隅々までを見渡していく。
すぐに、何かが蠢いているのが判る。
鮮血で染まる、赤い衣とマントを着た、人の姿をした何かが椅子に座り、机に向かって何か作業のようなものを続けている。
ローブを深くかぶり、顔は見えないが、なんらかの研究・・・の真似事をしているようだ。
ただし一見して判る程、その動きは支離滅裂で、意味をなしていなかった。
乱入者に気付いたのか、ふと作業をやめ、ファムの方をローブが振り向く。
顔は見えないが、その奥に銀色に輝く一対の瞳に見覚えがあった。
「たしか白魔道師の・・・ウォーレン爺さんやね?」
銀色の瞳が、怒りに輝きを増す。
「気汚い灰かぶりの魔女め、我の研究の邪魔をするな!」
そして何やらを呟き始める気配に呼応し、ファムも何かを呟き始める。
呪文だ。
魔道の徒同士、言葉ではなく魔法で語り合う事を選択したのだ。
そしてその詠唱競争は先に始めた分、赤いローブのモノが勝った。
「雷轟よ!我が魔力もて敵を討て!」
凄まじい雷光が槍となって、一直線にファムに襲い掛かる。
激しい稲妻の轟音に地下室が震え、ファムの姿が光で一瞬見えなくなる。
光が消え視界が戻ると、詠唱を終えたファムが悠然と立っていた。
「まさかあてくしの魔法障壁が、一撃で消滅するとはねぇ」
ふぇふぇと笑いながら、右掌を頭上にあげる。
掌の少し上に、蒼い炎の玉が浮かび上がり、すぐに30個ほどに分裂して拡散していく。
「堕ちたとはいえ、さすが白の大魔道師。お礼にあてくしの魔法を見せてあげる・・・蒼球連弾。」
30個ほどの火の玉が赤いローブの男を取り囲み、次々と矢継ぎ早に打ち込まれていく。
大きな爆竹のような破裂音が連発し、彼の魔法障壁を引き剥がしていく。
連弾の半分ほどで魔法障壁は消え去り、残りの半分が無防備なそのローブに吸い込まれていく。
15連の破裂音が響き、硝煙が地下室を覆う。
硝煙が晴れてくると、赤いローブのモノは地に伏せていたものの、まだ蠢いていた。
「蒼球連弾を耐えるとは、とんでもない化物になっちまったねぇ」
ファムがさらに別の詠唱を始める。
赤いローブのモノは、滅びなかったとはいえ、蠢くことがやっとの状態にも関わらず、なんとか詠唱を始める。
しかし今度は明らかにファムの方が早かった。
「手向けだ。眠れ、ウォーレン。大炎。」
下げられた右腕を、掌を上に頭上に上げると、這いつくばる赤いローブのモノの真下からマグマのような炎の柱が噴出する。
爆裂音の中に混じる、断末魔の叫び。
炎柱が消え去ると、そこには赤いローブと同じ色のマントと魔道書だけが残っていた。
ローブの中のモノは炎に焼き尽くされ、炭も残らなかったのであろう。
ふぇふぇといつもの、しかし悲しげな笑みを浮かべつつローブの前に立ちつくし、暫し黙って見下ろす。
恐らく、赤魔女流の黙祷なのだろう。
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