Resurreccion

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Resurreccion

王都にある王宮の、豪奢な大広間にファンファーレが鳴り響く。 悪しき魔物と勇敢に戦い、無念にも力尽きた王子を、国一番の白き大魔道師が蘇生させた、歴史上初めての偉業を讃える、祝いの席。 「我らが白き大魔道師、聖テト殿に祝杯を!」 王が盃を掲げ、皆が唱和し、それに倣う。 王座の横、かなり離れた端の方に座る老魔道師が静かに(こうべを)下げる。 いつもは王と王子の周りを囲う者たちが、この日ばかりはテトの周りに輪を連ねる。片方の主役、生き返った王子はまだ念のため床に臥せているのだから、仕方あるまい。 「かような神の奇跡。聖テト様は我が国の誇りでございます」 次々に似たような言葉を浴びせてくる皆々に、丁寧に礼をもって接するテト。 この呪文はテトの師、隣国の白き大魔道師ウォーレンが生み出したのだ。テトはその言葉を必死に飲みこみ続けた。 隣国では、ウォーレンは晩年の血の所業から忌むべき名となっており、行方すら判らぬまま、遠い過去として人々の記憶にすら残っていない。 ましてやこの国の者がその名を知る由もないが、テトに届けられた蘇生の呪文が記された最初の魔道書を見る限り、彼の名を出すのは躊躇(ためら)われた。 この血の染み込んだ赤き魔道書は、間違いなくウォーレンのものである、と一見で見抜いていた。 忘れるはずがない。あの叡智と美徳を宿した銀色の瞳。白く輝く、聖なるローブとマント。暖かい掌。そしてその手に持つ、師の心を現すかのように白い魔道書。 誰の目にも、テトの目にも、汚れひとつない聖なる大魔道師ウォーレン。 我が恩師。 そして永い年月をかけて磨き抜かれた彼の聡明な緑色の瞳は、この変わり果てた魔道書の持ち主が何をしたのかすら、正確に見抜いていた。 恐らくあのローブもマントも、同じように鮮血に染まり、師の遺体と共にあるのだろう。 いかに己が魔力により長命となる魔道師といえど、既に鬼籍に入っていよう。 では、あの魔道書を自分に届けさせたのは何者であろうか・・・。 儀礼上の挨拶を繰り返しながら、テトは思索に耽っていた。 「皆の者!」 王の声が広間に響き渡る。 「いま、聖テト殿を、奇跡の魔法を讃える吟遊詩人殿が到着した!珍しい、妙齢の女性吟遊詩人殿だ! 」 割れんばかりの拍手が広間を覆い尽くす。 テトには興味がなかったが、王の横、ウォーレンの反対側の端に歩み、用意された腰かけに座った吟遊詩人の姿を一瞥して、我が目を疑った。 見た目は20代後半ほどの、肩ほどまでの金髪をなびかせた、華奢な、紅い瞳が印象的な女性。 あの時の、記憶のままの顔。笑顔まで記憶のままだ。 違うとすれば、ローブではなく瀟洒(しょうしゃ)な赤いドレスに同じ色の羽付き帽をかぶり、同じく赤いマントを羽織っていること。脇には小さな赤い竪琴を持ち、何かの詰まった袋を足元に置いている。 あのマントは・・・・・・まさか。 我に戻った老魔術師は、慌てて懐の羊皮紙を取り出し、ペンを持った。 吟遊詩人が竪琴を馴らす。 しゃらり、と聞きなれぬ綺麗な音色が広間を支配する。 酒のものではない酔いに耳を奪われた聴衆が、うっとりと静かになる、 決して大きな声ではないが、妙によく響く声。 低く、またある時は高く、心地よい言葉の旋律を紡ぎ始める。 人々は求められるでもなく、自然と目を閉じた。 王でさえも。 ただ二人の例外は、吟遊詩人本人と、語られる叙事詩を羊皮紙に書き写す、老魔道師のみであった。 詩が、始まった。
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