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彼女の詩が終わった時、祝福の場は凍りついていた。
誰一人、言葉も出ない。
陰鬱なしじまが広間を覆いつくす。
王子を救った聖なる奇跡の呪文が、血と恨みに塗れた呪文だと。
我らの大魔道師を、救われた王子を、誹謗せしめたのだ。
ようやく怒りで我を取り戻した聴客の一人が、祝いの場を穢した紅き吟遊詩人に酒瓶を投げつけるべく立ち上がった時には、すでにその投げつけるべき姿は消え去っていた。
血のように赤いローブだけを残して。
そして誰も気付いていなかった。
もう一人、いつのまにか消え失せていた人物を。
白き大魔道師テトを。
吟遊詩人の詩を一心に羊皮紙に書き写していた大魔道師は、彼女を追って人知れず馬で城を飛び出していたのだ。
王は、あの無粋な女性を誅しに、白き大魔道師は追いかけたのだと民に説いた。
「王様、こちらを。大魔道師テト様の伝言と思しき羊皮紙です」
衛兵が恭しく王に羊皮紙を渡す。
一読し、王は少し困惑気味に衛兵に命を下す。
「その赤きローブは白き魔道師テトの名において、厳重に保管せよ!」
それを聞いた民は、安堵した。
あとで大魔道師がそのローブを清めてくれるに違いない。
あの呪文は神がもたらした、聖なる呪文だと安心させてくれるに違いない、と。
誰も、テトの言葉の真意には気付けなかった。
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