『今この場で見せて貰おうじゃないか等級Aのスキルを』

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『今この場で見せて貰おうじゃないか等級Aのスキルを』

    今、僕は知らない一室に一人いる。 いや知らないと言えば、交通事故の時からここまで全ては知らない一室だけど… 先程までは椎名さんも居たけど、大体の説明が終わると別の要件で出て行ってしまった。 「1時間程したら戻るからテキトーにくつろいどいて〜」と言われても、そんな太い神経していない。 くつろぐ空間があっても、とてものんびりとリラックス出来る精神状態ではない。 それでも思考を切り替えるように、クッキーを一つ袋を開けて、それを口に放り込む。 考えていた。自分のこれからの身の振り方。 振り返って考えてみた自分の体は、生前が嘘のように体が軽い。 それだけはとても喜びたい事だけど、自由を感じたその先に待っていたのはヤ○ザみたいな『殺し』だった。 『ミカエル』に死を判定された異世界転生者を殺して第二の人生を終わらせるのが仕事。椎名さんはそう言った。 人を殺した経験は無いし何より戦う以前にケンカすらした事が無い。 殺すどころか殺されると訴えたら、彼女は大笑いした。 「だいじょーぶ、『ミカエル』で転生された時点で君はとても強くなってる。それは実際にやって自分自身で感じてみるといいよ。  それに君は等級A。とんでもないスキルが君を守ってくれる筈だよ」 椎名さんはそう言っていた。自分の掌を見る。握り締める。 特別な強みは何も感じないんだけど、本当に自分は転生して強くなったのだろうか? そして、僕に『殺し』なんて出事が来るのだろうか─── 不安しか無い。そしてもう一つ、不安を駆り立てる物が僕の元にある。 机の上に置いてあるそれを手に取った。 一見ただの変哲の無いノート。表紙はもう全く読めない漢字で縁から縁までびっちり埋め尽くされている。きもい。 ペラペラと捲っても全ては白紙だ。ただページの真ん中に線が入っていて2分割になっている。 このノート、椎名さんがこの部屋を出て直ぐに急に宙から出てきた。 そして自分が消えろと思うとこの通り、消えてしまう不思議な物体だ。 何となくこれが椎名さんの言っていた僕のスキルなのだとは察する。察するけど、どうしたものやら… 「ややお待たせ〜、早速だけど私がペチャクチャと語るより実際にやってみて慣れて貰おうかな?」 シャーっと扉が開き、椎名さんが現れる。 その後ろには前に見た二人も居た。 どうやら、もうこの謎の空間から入った妙な部屋とはお別れらしい。 3時間使用可能とか言ってた気がするけど、結局1時間ぐらいしか使わなかった。 「おい椎名、そろそろ強い奴とやらせろ。等級Aの居る異世界とか行けないのか?」 「やーだよ、私死にたくないもん。ずっとCの仕事しか取りませーん」 「お前に野心はないのか? 移動職人として上に行こうとする野心は!」 「ないよんそんなの。あんたらの子守りで手一杯だ」 クロノって名前の人がそう訴えるけど、前を行く椎名さんに軽くあしらわれてる。 自分はみんなに付いて行く形で、今は直線のエスカレーターに乗っている。 「それよりクロノも雛もそーぎ君のフォローしてあげてね。君らより格上とは言え、かよわい新人ちゃんなんだから」 「俺のスキルの方が強い」 「はいはいもう言ってなさいな」 なんか前で色々と言ってる。 その間もこの建物内、色んな人たちと僕はすれ違う。この人達全員がその滅師職人なんだろうか? いやさっき受付してた人もいたし、全員が全員と言う訳でもないのだろう。 でもみんな等しく一度は死んで、ここに転生して来たのだろうか? 「わっ…」 ふとそんなよそ見をしてたら前にぶつかった。 前に居たのは髪が腰まである白い女の子、名前は確か 「ご、ごめん!ヒナセン…さん?」 確か名前そんなだったよね?合ってるよね? 当の女の子は、真上を見上げて僕を一瞥すると何も言う事なくまた視線を前に戻した。 さっきまでスムーズに前に進んでいたけど、今自分の前に居るヒナセンさんは立ち止まっている。 その先では何やら椎名さんが同じく黒いブカブカの服を着た人と何やら話し込んでいた。 「ごめんごめんちょっと機械のトラブルで第三ポート使えないってさ。はい3匹の子供たちUターンしてー、第二ポートまで戻るよー」 スタスタと自分を通り過ぎて椎名さんが今来た道を戻った。 結果的に逆向きになって今度は僕が椎名さんの後ろ2番目に付いて行く事になる。 そして暫くそのまま無言で歩くと2と書かれたシャッターの前まで来た。 椎名さんが壁にある何かしらの機械を指で叩くこと数十秒、そしてその横に取り付けられたカメラみたいのに顔を当てる。 顔認証って奴かな? そうして2の部屋のシャッターは開く。 長いパスワードと顔認証を通過しないと入れないこの部屋は、何やら特別な所のようだ。 「さって皆の衆、新顔も加わって今日も元気にお仕事だ。これから異世界に飛ぶよー」 部屋は真っ白。何も無い。 自分が初めにここに来た時の部屋と同じ作りだ。その中心に椎名さんが立つ。 「でもその前に確認をしておきたいのだよ。そーぎ君。君のスキルについてだ」 「僕?」 急に自分に話が向かった。 「そう。流石に何も知らないままじゃ飛べない。移動職人兼監督役としてちゃんと把握しとかないとにゃ。  今この場で見せて貰おうじゃないか等級Aのスキルを」 椎名さんがそう言いつつ、僕の前まで来てツンと胸を突く。 「自分の事だ、直感で解る筈だよ?」 思い出したのはあのノート。今は消しているけど出そうと思えばまた出せる。 特に隠す必要もないので、僕はあのノートを再び取り出す。 「んー? なんか表紙が凶々しいね、文字がびっちし書いてある…」 そのまま、そのノートは椎名さんに渡した。 「中は白紙…か。まあ何となく察したけど。そーぎくんそのペン貸してー」 ペン?そして言われてそれに気づく。自分はペンを一本左手で握っていた。いつの間に?自分でも分からない。 知らず余りにも自然に持っていたから気が付かなかった。前に居た部屋でノートを出した時も、自分が認識してなかっただけで握っていたのかも知れない。 何も考えず、言われた通りにそのペンをも椎名さんに差し出す。 キャップを外し、椎名さんは僕のノートにサラサラとペンを走らせる。 「うん何も書けない。インクが切れてる訳でもなさそうだ。きっとそーぎ君しかこのノートには文字を書けないんだね」 即座にそう納得して、椎名さんはペンをノートの上に置いて、それ事僕に返す。 「ちょっと試して見よう。雛ちょっと前に出てきて。そーぎくん、ここに居る雛戦をスキルで止めて見せて」 テキパキと指示がされる。僕の前にはヒナセンと言う僕より背の小さな白い髪の女の子が来た。 クロノって人は黙って僕達を見ている。 改めて見ると凄い小柄だ。僕も人の事は言えないけど。 そして見た感じ僕とは人種が違う。学校で見た同年代の女の子より肌も白いし顔の印象もまるで違う。 外国人みたいだ、いや考えてみたら国どころか世界自体の出身が多分違うんだ… それにしてもジロっと見られるその眼力が凄い。少し垂れた前髪からめちゃ僕を見てる。 「ヒナ…そう言えばヒナセンって漢字でどう書くんですか?」 微妙なプレッシャーを感じて、なんか素っ頓狂な質問をしてしまった。 「んー? 雛は雛祭りとかの雛で戦は戦う。雛って漢字はちょっと難しいかもねー」 言って椎名さんはタブレットのようなものを取り出して指を走らせる。 向けられたディスプレイには『雛』と言う文字が書かれていた。 それ自体に見覚えがある。成る程、雛祭りの雛ってよく見るとああいう漢字なのか、勉強になるなぁ、書き留めとこう。雛戦。 割と、いや結構難しい漢字だ。これ一発で覚えられる自信ないな… 「───ってそんな事よりスキルを使って見せてって!」 「そんな事言われても…何書けばいいんですか?」 逸れた話に乗ってしまった椎名さんにそう急かされるけど、何をするのか具体的に見えて来ない。 いや何をするのかは分かってる。正確には『何を書けば』いいのか。 「止まる。君のスキルは『漢の字を描く』だから、まる〜までは書かないで止だけ書いてみて。  あ、あとあまり強い気持ちで書かないで、軽ーく相手の身動き止めてやるーみたいな感じで書いて」 椎名さんにそう言われるままにペンを走らせる。 後半の注文はちょっと漠然とし過ぎてよく分からない。まあ適当に止まって欲しいと柔い気持ちを込めておこう。 書いた文字は『止』 何か変わった事は…起きたのかな? 「どう?雛、今動ける? と言うか喋れる?」 椎名さんは目前の雛戦さんに聞く。微動だにしない彼女は、答えない。しかし間を置いて 「動けない」 一言。 「ふーんなるほどなるほど。でも口は動けるのね。舌も声帯も肺も止まってはない。正に都合よく生きて『止まってる』…と。  この辺りはやっぱりそーぎくんの心の匙加減で変わるのかな?」 ジロジロと椎名さんは雛戦さんの周りを観察して回る。 「そーぎくん、これが君のスキルだよ。見た通り君がそこに描く漢字の意味がそのまま現実になって現れている。  現に今、うちの雛は『止』の漢字によって文字通り身動き取れず止まっている」 椎名さんに説明されて自分に与えられた能力の全容が分かってきた。 つまりこのノートとペンが僕の武器。適切に意味を理解してその時必要な漢字を書いていけば…いいのかな? 「じゃあ死とか殺とかだと…これは確かに強力なスキルだ高い等級なのも頷ける。よし!このまま持続時間も見てみようか」 その提案でこのままの状態を維持しつつ静観する事となった。 10分 20分 30分 …すごい暇だ。クロノとか言う人、隅の柱を背に寝てるし。 雛戦さんも雛戦さんで、一言も発さない。 50分 60分 椎名さんだけは真剣に静動を伺っている。 僕も発動者として、なんか気が抜けない。 そんな中、久しぶりに声が聞こえた。 「お姉ちゃん」 発したのは今を動けぬ雛戦さん。 見れば少し目が潤んでいる…ような…? 「トイレ…」 「………そーぎくん、スキル解除してあげて」 「はいっ!」 大急ぎで雛戦さんの不自由を解こうと動くが、これどうやれば解除出来るんだ? 消しゴムも無いし、そもそも濃い筆質で消せる気がしない。 なんか躊躇したら致命的な予感を味わいながら、僕は躊躇なく『止』を書いたページを引きちぎるようにして破いた。 途端に雛戦さんの姿が消える。そして直ぐ後ろでこの部屋のシャッターが開いた。 「まあ最低でも1時間強と。この感じだと永続かな?」 椎名さんはまたタブレットを取り出すと何やら弄っている。 自分は取り敢えずはノートを消した。 「よし、そーぎ君のスキルも大体分かった! クロノも起きなー、雛が戻ったら出発するよ」 クロノと呼ばれた男の子は涎を外套で拭き、欠伸をしながらこちらに近寄ってきた。 それから数分して、内側からの椎名さんの操作によりシャッターが開き、雛戦さんも部屋へと戻ってくる。 「じゃあ行くからみんな白い輪の中に入ってね」 椎名さんは空中で指を動かしている。 そして部屋の中心には輝く輪のようなものが現れた。 クロノさんも雛戦さんも何事も無くその輪に入っている、自分も特に何も考えずにその輪の中にひょいと入った。 『移動職人 椎名祭』 『滅師職人 クロノ=マーク 等級B』 『滅師職人 雛戦 等級B』 『滅師職人 御船創技 等級A』 『以上4名、空間転送致します。転送完了まで線から出ないようご注意下さい』 その機械的な声でのアナウンスの後、景色は変わった。  
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