『だから殺すのはクロノ、雛、二人のどちらかが必ずする事。いい?』

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『だから殺すのはクロノ、雛、二人のどちらかが必ずする事。いい?』

  束の間だけ一種の浮遊感はあった。でもそれだけだ。 それだけなのに、僕は真っ白な部屋の景色からいきなり町並みを見ている。 「わっ…!?」 思わず声を上げた。何もせずに外に出た。それだけじゃなく訳も分からない場所に。 今は舗装された道の真ん中にみんなして居る。少し先には何だか自分の世界の街とは変わった、なんと言うか一昔前の感じの風景。 いや一昔どころじゃないな、何と例えたらいいんだろう…文明が違う。 ざっくりまるでゲームで出て来るような風景と言えればいいんだけど、そんな例えは現実として目の前にあるから失礼だ。 『転送完了致しました。世界に深く干渉する事なく迅速にターゲットを排除して下さい』 その機械的な声と共に、自分たちの周りを覆っていた光の輪が消える。 「えーと文明レベルは…そんな高そうじゃないなぁ、魔法とかある異世界かな?」 タブレットを操作しながら、椎名さんが目前の街に向かって歩き始めた。 「良いニオイだ。昔の俺の世界に近いな」 クロノさんがそれに続く。無言で雛戦さんが、そして僕も後を追う。 「ターゲットって、どこに居るんですか?」 「うむ尤もな質問だそーぎ君、転送はターゲットから比較的近い場所にされる。  でも正確な場所も、名前も、人相も、分からないんだなーこれが」 えぇ… 「どうやって探すんですか?」 「心配せずとも転生者は引かれ合うモノよ、その内遭遇すると思うから、まずは酒場でも行って情報収集と行きますかー」 椎名さんのテンションはとても今から人を殺しに行くとは思えない雰囲気だ、どちらかと言えばピクニックみたい。 そうして僕達は街に着いた。異世界…まさに自分が空想で描く異世界そのものだ。景色も人物も色合いも。 通り過ぎる人たちは民族着みたいなのを着ている。異文化を感じさせる。 「酒場どこ〜?」 フラフラと充てなく椎名さんと僕達一行は彷徨う。 「そう言えばここの人たちと言葉って交わせるの?」 ふとそこが気になった。この過ぎゆく人たちと意思疎通が出来るんだろうか? 「んー? 交わせるよ。転送された時点でそこの共通語に訳されるようになってるのだよ。便利でしょ? まあこれぐらいは補佐して貰わなきゃね。後はこういうのもある」 そう言うと、おもむろに椎名さんは懐からお札を数枚取り出す。 「両替お願い」 誰に言ったのか。ただ掌にあったお札は、コインや何やらに変わっていた。 何となくそれは察せた。この異世界の通貨と交換して貰ったんだ。 「まあ、こんな風に不便はさせないよ。君達はただここの転生者を殺して来るだけでいい。おーけー?」 とても物騒な事を言いながら、にっこりと笑う椎名さん。 「…酒場」 クイクイと椎名さんの袖を引いて、雛戦さんが一つの建物を指差した。 いつの間に近場を探ったのだろう? そう言えばさっきから居なくなってた。 「おっ、でかした雛。サクサクと進むの好きだよ私」 雑多する町並みの中から的確に酒場を探し出した雛戦さん、その酒場に一行は向かう。 うわぁお酒臭…、屈強な男の人が何人もいるなんか異様な空間だった。 その彼等からジロリジロリと指すような視線を受ける。 当たり前だ、僕達は女性と子供、この場に居るのは場違いにも程がある。 でもそう思ってるのは自分だけで、他三人は気にする事なく奥のカウンターに進んだ。 「ねえマスター、私達は旅の流れ者。ここらで一番強いのが誰か聞きたいの。お金は払うよ」 椎名さんだけカウンター席に座る。 先程手にしていた金貨を数枚重ねて、お酒を注いでいたマスターにそう話し掛ける。 「…止めておけ、喰い殺されるのがオチだ」 マスターはその金貨を取らずに、コップを拭く作業に移る。 「まあまあそう言わずにさぁ、私達案外強いよー? ここは一つダメ元で話して欲しいなー」 マスターは溜息を一つ 「あと金貨2枚」 椎名さんは文句言わず、その釣り上げに乗って金貨は2枚追加されて5枚積み上がった。 「ここから東の山に最近になって大きな火龍が住み着いている。一番強いのはそいつで間違いない」 「ほう、火龍とな?」 「もう100人ほどが犠牲になった。商業人から始まりお前達みたいな命知らずの冒険者や腕自慢のハンターが100人は喰われた。  相手はドラゴンだ、人の規模で敵う筈がない。お陰で東に渡れなくなって大迷惑だ」 マスターはそう言うと鼻息を荒くする。 東から仕入れる品とかもあるのだろう、それがずっと滞ってるのは悩みの種、みたいな感じだろうか? それにしてもドラゴンって…またファンタジーな…、いやいやもう自分はファンタジーに腰辺りまでどっぷり浸かってるじゃないか。 常識を捨てろ。もうあの日常へは帰れない。 「ありがとマスター充分よ。あと追加で飲み物お願いできる? アルコールの入ってない果実のジュースでいいわ」 指を一本立てて椎名さんが告げる。 そして椅子に掛けたままクルリと回って、後ろの自分たちに視線を合わす。 「さて、聞いていたかね? 滅師職人のお仕事だ。その火龍を殺しておいで」 「え?龍でしょ?人じゃないですよ」 今聞いた話は火龍の被害だ。転生者らしき人物の話は特に出てこなかった。 「そーぎ君、何も転生者は人型に転生してるとは限らないんだ。『ミカエル』で転生されるのは100%人だけど、他で転生すると以前の皮からは完全に切り離される。  つまりは元人間で今は他生物の異世界転生者ってのも有り得るワケ」 「まあまだそのドラゴンがこの異世界の悪しき転生者とは決まってないけどねー」と椎名さんは続ける。 なるほど。元人間で今は人間じゃない、そういう事もあるのか。 そう考えるなら昔の世界の姿のまま転生出来た自分は幸運…なんだろうか? その代わりこの恐ろしい仕事を強要されるけど。 「じゃあ確認がてらの討伐、お願いね〜」 ニコニコと僕達三人に向かって小さく手を振る椎名さん。  「あれ? 椎名さんは行かないの?」 当然の疑問だった。思わず口に出た。 「私は戦えないよ〜滅師職人じゃないからね。移動職人だから。ここに君達を連れてきてる時点で半分仕事終わってるの。  後はここで君達の奮戦ぷりを願いながら待ってるよ。異世界転生者が死亡したら連絡してね」 「ええ〜…」 何か腑に落ちない。こっちは今から命賭けの戦闘をしに行くのに、この差はなんだろう。 それ抜きにしても今まで頼ってた…と言うか先導してくれていた椎名さん抜きだと不安で仕方ない。 「もーぅ命賭けてるのは私も一緒なんだよ? 移動職人が抱えた滅師が全員死ぬような事になれば監督役の移動職人も責任取らされて死んじゃうんだからね。  後は私が仮に表に出て、それで死んじゃったらもうそーぎ君は帰れないよ? 転送通しての異世界滞在が一ヶ月を超過したら滅師は脱走と見なされ死罪になる。ほら一蓮托生。  この天上の牢獄に私だってちゃんと入ってるんだから。分かったら私の命も背負ってパパッとやっつけて来てね〜」 知らなかった。僕達三人が死ぬと椎名さんまで連帯で死んでしまうのか。 逆に椎名さんが死ぬと、僕達もそのうち死罪になる。 ここまで移動の先導をしたのは紛れもなく椎名さん、つまり帰りもやっぱり椎名さんが居ないとあの異世界監督所とやらには戻れない。 異世界監督所『ミカエル』…あそこが自分の今後の家になると、何となく察していた。 部屋を案内された訳ではないが、カードで宙を切って部屋が出て来るくらいの技術力なら滞在している全員の居住を提供なんて事は余裕だろう。 「フン、戦えないやつに何言っても無駄だ、行くぞ新人。火龍退治だ」 クロノさんがそう言うとクルリと踵を返す。 「ちょい待ちクロノ、そして雛もおいで」 それに待ったをかける椎名さん。彼女は腕を組むようにして二人を抱き込む。 いきなり自分にはナイショの話をされていて、疎外感を覚える。つらい。 『そーぎくんは今日からの新人だ。命を奪うという事に耐性が無い。だから殺すのはクロノ、雛、二人のどちらかが必ずする事。いい?』 「俺は元よりそのつもりだ」 何を話してたんだろう。雛戦さんは小声で話したその内容に小さく頷いたのが見えた。 「ここは等級Cのスキル持ちがいる。格下だし余裕を持って大丈夫だとは思う。  ただし初見殺し的なスキルには気を付けなー、前衛は必ずクロノが出て敵の注意を引く事。雛は極力敵の視界には入らない事。そーぎ君は離れてスキルで補佐」 椎名さんによる自分達の動きの指示。僕はフォローに回る感じになっている。 まあ確かにノート出して字を書くなんて、後ろでこっそりとしかやれない… その椎名さんを一人酒場に残して、僕達子供三人は外に出る。 空は澄んだ快晴だ。空気も美味しい。 「新人、お前何才だ?」 突然、クロノさんにそう話し掛けられた。 「…13だけど」 「雛と同じか。俺も13だが元は15だ、このチームでは俺がリーダーだからな。クロノさんと呼べ」 元は15…? 何言ってるのかよく分からないけど先輩である事は変わらない。 ほぼ喋らない雛戦さんがリーダーする感じはとても見られないし、別にクロノさんがリーダーで異論は無かった。 「じゃあ東だったな。さっさと行くぞ」 言って、ビュンとクロノさんが駆ける。余波で風が吹いた。 「は?」 とてつもない移動速度だ。振り向けばもうかなり遠くにいる。 そして僕の隣に居た筈の雛戦さんもいつの間にかそれに付いて行ってる。 「ちょ、ちょっと…待っ」 急いで二人の後を追い掛けようと走り出した瞬間、景色が大きく移動した。 「えぇ?!」 信じられない。学校での50メートル速で9秒ちょいぐらいだった遅い自分が今、まるで自動車並の速度で駆けている。 呆っという間に二人の背中まで追い付いた。 『 ─ だいじょーぶ、監督所に転生された時点で君はとても強くなってる。それは実際にやって自分自身で感じてみるといいよ ─ 』 椎名さんが前に言ってた事が頭によぎる。あれは…こう言う事だったのか。 知らぬ間に転生で超人にされていた。確かにただの学生の身で戦うなんて無茶が過ぎる。 だから滅師として活動する為の最低戦力は保証されている…と。 「魔物が居るな、雛、斬って進むぞ」 「了解」 クロノさんは腰に指してあった物を引き抜く。彼の背丈には少し不釣り合いな太めの剣。 雛戦さんも同じく腰から得物を抜くが、両手で引き抜く。こっちは小剣二本 目の前には犬…?の群れが15匹ぐらい確認出来る。犬じゃない、もっと大きい。人の大きさぐらいはある。 クロノさんは魔物と言った。正しく魔物だ。 しかし先頭に居た魔物が音も無く、胴体が分離して血が噴出する。 クロノさんが斬った。その場で何匹もクロノさんに襲い掛かるが逆に斬り飛ばされている。 そう言えば雛戦さんの姿が見えない。だがクロノさんが居ない所でも血を撒き散らしながら魔物が千切られていっている。 目には見えない速さで雛戦さんが動いているのだろうか? クロノさんも小さい身ながら恐ろしく素早い。あれだけ群がられても傷一つ負うこと無く、斬り伏せている。 迷彩色の外套がヒラリヒラリと舞っている。 「げ…」 そんな感想を呆けっと漏らしながら、とても第三者的な視点で物事を見ていた。 と言うかほぼ観戦していた。 バカだ自分は。僕も当事者じゃないか… 15匹もいるんだ、二人の合間を抜けてくる魔物もいる。 そいつは今、正に自分の目の前に来ていた。 急いでノートを取り出した。取り出したはいいけど、とても襲撃に間に合う訳がない。 超人にされたと言っても、僕には身を守る剣も盾もない、有るのはこのノートだけだ。 一匹が襲い掛かって来る。何も出来ない。頭を庇うように腕を上げる。 異世界転生者でもない、この世界の住人ですら倒せそうな、なんて事のない魔物相手に、僕は今、無力な身を晒している。 死にはしないだろうが腕はきっと負傷する、いきなりそれは不味い。だってまだ始まったばかりじゃないか。 ターゲットの転生者にすら出会ってもいない。 僕を襲うその一匹は、自分の腕に牙や爪が喰い込む事は無く、 ───空中にて頭部から突如血を噴いてそのまま少し横に倒れる。 「………?」 そして僕が気付かないだけでその後ろにも更に2匹が来ていた。 が、全て自分の眼前まで迫ると首や頭から血を噴き出し倒れ込む。 「?????」 まるで僕の周りには無敵のカーテンが敷いてあるみたいだ。 知らないぞこんなの………自分の隠れた別のスキル、なのか? 自分は間違いなく何もしていない。少なくとも何かをしたと言う感触はない。 それなのに外敵は勝手に倒れ、鮮血の雨が降り注ぐ。 唖然としていた。 そしてスゥーっと僕に密着する程に近く、背をして現れたのは長い白い髪…雛戦さん。 二本の小剣は血に塗れている。 「ん」 ドヤぁとでも言いたげに、後ろ向きに白き少女は顔を上げて僕を見る。 謎のカーテンの正体は彼女だった。 滅師として、先輩として圧を送ってるのか、それは分からないが、そんな事されても可愛いねぐらいの感想しか浮かばない。 「あ、ありがとう…」 お礼を言うのは大切だ。 結局僕はフォローに回るどころか同年代の女の子先輩にフォローされた。 「雑魚は全部片付いたぞ。先に進む」 クロノさんが剣を腰に仕舞いながらこちらに寄ってきた。 頬に付いた血を外套で拭っている。 15匹の群れは、それはもう見事なまでに血と肉の塊と化していた。 その光景を見るだけでなんか気持ちが悪くなる。脳味噌とかはもう直視出来ない。 情けない。1匹すら倒せずこのザマだ。 不甲斐ない気持ちをぐっと抑えて、一つ気になる事があったので、返事は期待せず聞いてみた。 「さっきから雛戦さんパッと消えたりパっと現れたりしてる気がするんですけど」 思えばここに転送される前も似たような感じを見た事がある。 そしてこの異世界に来てからも彼女は頻繁に消えたり現れたりしている。 「『足音を消す獣』、雛のスキルだ。簡潔に言うなら姿を消す。潜入や暗殺に向いている」 意外とクロノさんは答えてくれた。自分に対して当たりが強いと思ってたから質問なんて無視するとばかり。 ちゃんとリーダーしてる。自分の驕った認識を改めなければ。 「あんな群れはそう居ないだろうが、雑魚はこれからも出くわすだろう。邪魔そうな奴は俺が斬って進む。お絵書きのお前は椎名の言い付け通り後ろに居ろ」 お…お絵書き。いや実際そうだけど。 クロノさんがまた進み始めたので、自分も後を追う。 雛戦さんはもう居ない。さっきの説明通りなら消えてどこかにいるのだろうか。 『足音を消す獣』…姿を消す、か。 自分より凄くない? 滅師としてターゲットを殺す事が仕事な以上、これ程強力なものは無い。 これで等級Bだっけ? うーん…基準がよく分からない。  
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