『違う』

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『違う』

  それにしても曲芸師みたいに魔物を斬ってるなぁ、前を行くクロノさん。戦い慣れてる。 彼のスキルについては語られなかった。まぁあの戦闘技能がスキルでは無さそうだ、雛戦さんも同じような立ち回りしてたし。 「おっ?」 そのまま暫く走っていると、少し向こうに人が見えた。 大きな斧を背負っている大人の二人組だ。 「なんだガキ共、お前らも火龍討伐か?」 「そうだ。この先に居るのか?」 「無理だ無理。大きさが半端じゃねぇ、何やっても無駄だ。死にたくないから俺らはもう降りるぜ」 そう言うと二人組はそそくさと下っていく。 自分たち以外も火龍を倒そうと試みている現世界の人達。 その人らを寄せ付けないとなると、これは本当に大物だ。 「雛が先行して見に行ってる筈だ。ここで報告を待つ」 このまま我武者羅に進むかと思ったら意外にもクロノさんがそう言うので、この場で大人しく待つ事になった。 今、山脈付近にいる。椎名さんが居る街からはかなり離れた。 車のような速度でかなり走って来たけど疲労感は全くと言っていい程に無い。…まあ僕は戦ってもいないので。 今なら何でも出来そうな感じすらしてくるけど、多分思い上がりだ。 僕はあの二人みたいな経験を一切積んでない。例え剣を渡された所でクロノさんみたいには動けないだろう。 そうして待つ事3分前後、僕達の前に雛戦さんが姿を見せた。 「この先右に曲がって真っ直ぐ、龍が居る」 「転生者だったか?」 「違う」 ?? 火龍が異世界転生者じゃないの? 椎名さんが転生者同士引かれ合うとか言ってたからてっきりそうとばかり。 でも先に火龍を見てきた雛戦さんは否定している。 「クロノさん、どうするんですか? 椎名さんのところに帰ります?」 椎名さんからは殺してきてとは言われたけど、多分異世界転生者を当て込んでの発言だろう。 火龍が転生者じゃないなら、わざわざこちらから手を出す必要はないのでは? ほら転送時に機械の声も世界に干渉すんなよ的な事を言っていたし… 「…火龍一匹だけここに座してるのは何か妙だ、背後に転生者がいるかも知れない」 「やはり火龍は狩るぞ。何か臭う」 しかしクロノさんの判断により、このまま続行となる。 どちらにせよその火龍が邪魔をして向こう側に行けないとなると、やはり倒してしまうしかないのかな? それは勿論この異世界の人の為でもあり、転生者が火龍の向こう側に居るとしたら、東に行けない自分達にも当然邪魔となる。 問題は、その火龍がどれ程のものか。 「いやぁ…『これ程』かぁ………無理だよこんなの………」 頭を大きく仰け反らせる。全長を考えると40m…50…? いや無理だ…分からない、正確になんて測れない。 こんなのはそれこそゲームでしか見たことがない。そしてTVと言う箱庭の中でなく、現実としてそこに存在しているのだ。 赤いドラゴン…火龍は、その存在を誇示するように滞在していた。 近場の岩などは不自然なほど擦り切られている。他の生き物の気配は無い。 この山の主として、絶対的な者として、不自然なぐらい一匹狼として、君臨している。 ここ一帯の空気が痛い。熱いんだ。とても。 「物怖じするな、所詮はただの魔物の延長線だ、滅師が梃子摺る相手じゃない」 言って、即座にクロノさんが駆ける。剣で太い脚を斬りつけたが、多少血が出たぐらい。 龍もそれを以て自分達を外敵と見なす。少し暴れるだけで大災害だ。 「わわっ…」 地面が揺れる。自分はただ驚き戸惑うだけだ。 目先ではクロノさんと…見えないけど恐らくは雛戦さんも戦っている。 でも大きさだけ比べると、とても有効打になるような斬撃には見えない。 規模が小さすぎる。 大きな脚、その鉤爪が上がる。だが見えない何かによって指が裂かれた。 火龍が喚く。見えない斬撃は雛戦さんだ。 「火を吹くぞ、避けろ!!」 途端、クロノさんの叫びが児玉する。 火? 見れば火龍は何か吐きそうな挙動を取っている、鳩胸のような姿勢。 ああ、確かに吹く。吹くけども、避ける? この狭い山頂付近に逃げ場って…ある? 一瞬だけ逡巡した。二人は当然のように安置へと逃げるだろうけど、自分はそれが分からない。 分かる訳ない、ついさっきまでただの学生していたのだから。 最適解は今より真っ直ぐ駆け抜けて、クロノさんが居る火龍の足元。 だが、自分は今来た道を戻るようにして後ろに駆けた。 瞬間、僕は何かにぶつかる様にして横に移動する。 そのまま勢いよく近場の崖にぶつかって呼吸が止まりそうになる。 火龍の文字通りのブレスは、自分が前まで居た場所を灼熱度の熱液によって火の海に。 「ひえええ………」 あんなの体に浴びたらどうなるんだ?想像もしたくない。マグマに直接突っ込むみたいな感じ? 最早怖いとかそんな次元じゃない。 さっきの判断で後ろに逃げても、ブレスの射程からは抜けられなかった。自分の誤った判断は、即死に繋がった。 助けられた。ぶつかって方向を変えたのは間違いなく雛戦さんだが、姿はもう見えない。 ぶつかった瞬間だけ、あの長い白髪が見えたのだが、その後すぐにまた消えて、もうここには居ないのかも知れない。 「おい新人! 何度も火を吹かれちゃ厄介だ! お前のスキルでこいつの動きを止めろ!」 「わ、分かった!」 自分は今の今まで何もしていない。クロノさんに言われてノートを取り出す。 役に…せめて援護で役に立たなければ、このままでは単なるお荷物だ。 ここに転送される前に雛戦さんに試した事を、今この場にて再現する。 ノートを広げてペンを走らせる。簡単だ。一文字で良いのだから 『止』 これで火龍の動きは止まる。もうただの的だ、後はクロノさん雛戦さんの斬撃でそのうち倒される。 このページを僕が引き裂かなければずっと動けないのだから。 「おい、まだか!?」 火龍は二人の斬撃を前に暴れる。クロノさんは突き立てた剣ごと振り回されている。 すぐに発動するのか自分も知らない。まだ掛かるのか? 雛戦さんの場合はどうだった? 思い返す、彼女が返事をしたのは10秒後ほどだった気がする。 「っ…どうして?!」 どうして発動しない? もう10秒は経った。未だに火龍は動いている。 手順は間違えてない、手順どころか『止』と一文字書くだけなので、順すら無い。 なんで、発動しないんだ? 「クソッ、やはり等級Aなんて間違ってるじゃないか!!」 クロノさんにそう怒鳴られても何も言えない。事実本当にスキルが出ない。 等級Aと椎名さんは言っていた、Aどころか何も出来ないんじゃZもいいところだ。 破いてまた『止』の字を書く。しかし火龍が止まる気配はない。 何が、何が前と違うんだ…分からない… 「ごめん…」 そんな謝罪に今、意味は無い。でも口からは出せる言葉はこれしかない。 自分の状況は変わらない。蚊帳の外に置かれたまま目前の死闘を見ているしかない。 ヤケクソに無闇に突撃しても意味なく致命傷を負うだけだ、むしろ雛戦さん達に守られる事で二人の邪魔する可能性すらある。 「洒落臭い! 第二波が来る前にあの首を落とす!! 雛!!」 下半身を攻めても埒が開かない。巨体に相応しいタフネスがある。 火龍はクロノさんをまるで虫でも踏み潰さんと地団駄を踏む。それだけで地は揺れるが、動き自体は鈍足だ。 このまま時間が経てばジリジリと俊敏な二人に斬り刻まれる。 だが、あのブレスを何度も吐かれると、どう転ぶか分からない。 範囲も広く、少しでも触れたら焦げるでは済まされない。 他人事のように言うが、自分こそがこの狭い所では上手く避けられない。 この時点でスキルが使えず邪魔でしかない僕はこの場から逃げればいい、それでむしろ二人の負担を減らせる。 だがこんな規格外な世界の光景を前にして、そこまで機転が回らない。 スキルで補佐と受けていた命令、それにずっと縛られ続けてここに留まっている。 ………ただ暴れるだけで地形が崩れていく。 この世界であの火龍とここまで死なずやり合った者は恐らく居ないのだろう。 尻尾や爪が岩壁を切り崩している。山が、地形が変わる。 自分も大粒の削岩などの余波が襲うが、それ自体は普通に目視で躱せられる。 クロノさんの判断は的確だった。無能と化した僕によって今より戦い易くはならない。 長期戦より短期戦。ブレスをまた吹かれる前に倒すべき。 ただ、それは今までクロノさんが居た安置と言っていい足元から、爪や口が届く範囲に入る事になる。 それに頭まで悠に20mはある。滅師として超人になってるとは言え、一踏みだけであそこまで届くものなのだろうか? 自分の懸念を余所にクロノさんは動く。既に二波の予兆はある。 足元から瞬時に出て、その場で大きく跳躍した。僕より更に小さいクロノさんの身は、火龍と対比するともう小虫だ。 やはりどうしようもない体格の差がある。まるで空を飛ぶかのような高い跳躍でさえ、その差を覆せはしない。 クロノさんの跳躍の最高地点は、火龍の頭には到底及ばない。8か10mほど。 そこから後は緩やかに落下するだけだ。しかしその前に火龍の脚が来ている。 このままだとクロノさんは捕まってそのまま踏み潰される。 空中にて俊敏な動きは出来ない。 やはり無謀だった。自分の懸念は当たった。 ただ、自分は長くこのチームをやってきた二人の阿吽の呼吸を知らない。 何も策無く、詰まって起こした行動ではない。 クロノさんは今の地点よりも、更に一段階加速する。 まるで見えない踏み台から跳ねるように。空を、蹴った。 火龍の脚爪は空振る。もうクロノさんはそこには居ない。 僕でも何が起きたのか分かった。踏み台となったのは姿を消していた雛戦さん。一瞬だけ見えてまた消えた。 彼女を足場に再度大きく跳躍したクロノさんが一気に距離を詰める。 突き立てる。火龍の首に、手に持つ剣を。 「おおおおおおおおおおおおお!!!!!」 そのまま首にしがみつくようにして、クロノさんは刃を刺しながらグルリ周回する。 鮮血が雨のように降り注ぎ、火龍が激痛の叫びを上げる。 グラリとあの巨体が斜めになる。そのまま重力に身を任せ、沈むようにして地に伏せた。 まだ完全に息の根を止めた訳じゃ無さそうだ、だが念入りにクロノさんは刃を動かすのを止めない。雛戦さんも恐らくは加わっている。 横に倒れてしまえばもうただの的だ。頭部に来る刃物に成す術なく、身が斬り刻まれる。 ギャー!ギャー!と周囲に響き渡る獣の断末魔をおぞましいと感じながら、その声がしなくなるのを僕は待った。 その内、声は止んだ。 「100人喰ったんだろ、なら自分が喰われても文句は無いな? 尤もお前を喰ったりしたら肺が焼けそうだが」 首を斬り取った感じではないが、でも死するまで首や頭部付近を滅多刺しにしたらしい。 外套に返り血をこれでもかと浴びながら、クロノさんが横たわった巨体の上に飛び乗る。 当初の目的だった火龍は、死んだ。 僕は何もして…いや出来なかったがクロノさんと雛戦さんが苦も無くやり遂げた。 これでこれからこの山道を通じて、この異世界の人たちは東に渡る事が出来るだろう。その逆もしかり。 「全く使えなかったなぁ!新人!」 「いやぁ…面目ないです」 頭上からむしろ喜びながら言ってる気がするそれに返す言葉も無い。 今でも疑問で仕方がない、このクソスキルはなんなんだ。自分の事なら自分が全て知ってる筈なのにぶっちゃけ全く分からない。 使い方も正直これで良い気がしない。帰ったら椎名さんに聞いてみよう、あの人なら何か分かるかも知れない。 「まあいい。それよりこのまま帰っても振り出しだ。せっかく道が開けたんなら、もう少し進んでみる。付いて来い」 「それは別に止めませんけど、椎名さんに連絡入れた方がよくないですか?」 「通信は雛が持ってる。そのうち向こうから掛けてくるだろ」 いやーその彼女は未だに消えたままだけど。いいのかな? どちらにしても自分に発言権なんて一つもない、クロノさん達の金魚のフンとしてなるべく邪魔しないよう付いていくだけだ。 この発動しなかったクソノートも、ちょくちょくと試しながら行こうか。そのうちスキルがまた出るかも知れない。 と、その時 「すごい、すごいすごい」 パチパチパチパチ。乾いた拍手が鳴る。 火龍の死骸の向こう側から、人が出てきた。    
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