『罰される訳はないと言ったな? 罰しに来てやったぞ、遠い異世界からわざわざな』

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『罰される訳はないと言ったな? 罰しに来てやったぞ、遠い異世界からわざわざな』

  「すごい、すごいすごい」 パチパチパチパチ。乾いた拍手が鳴る。 火龍の死骸の向こう側から、人が出てきた。 年は…椎名さんぐらいの女性。いや…もうちょっと上。 黒い髪のショート、ショートパンツ、口の下に目立つ黒子がある。 僕達みたいな近代的な服装じゃない、この異世界に順応している服装。 「「「!?」」」 そして三者三様に違和を瞬時に得る。僕、クロノさん、その女性。 「お前転生者だな」 クロノさんが剣先を女性に向ける。 この感覚が、転生者同士の引き合い。遭えばすぐに分かるとはこの事か。 対して女性も慌てた感じで、 「おいいい!ちょい待てよ! 俺は火龍が倒せるぐらいの腕利きが仲間に欲しかっただけだ。  この感じだとお宅らも一度死んでここに転生したクチか?!」 ………なんか口調が男みたいだ。 そして言い方だと、自分達が転生者とは思わずに姿を見せて接触して来たみたいだ。 「倒せるぐらい?」 変な言い方だ。引っ掛かる。 「ああ。お前達も分かってると思うけどこの新世界は割と魔物が強いんだよ。俺は俺の身を守るに相応しい強い仲間を欲した。  だから火龍をこうしてここに置いて誰かが倒すのを、───まあ気長に待った」 外見はどうしようもなく女性なのに、口調はまるきり男性だ。 恐らく前世は男性だったのではなかろうか? 名残りが続いているのかな。 それよりも聞き捨てならないのが 「あの火龍が貴様のスキルか?」 先にクロノさんに言われた。 「ちげぇよ。俺の能力は『モンスター図鑑』ここに俺がこの1年で集めたピチピチの魔物達が詰まってるって訳だ」 そう言って、女性は虚空から急に黒い本を一冊取り出した。その出方は僕のスキルとそっくりだ。 見た目は僕のノートよりは厚手。ノートに対しての本。…同じ系統なんだろうか? 「魔物を従えさせられるんなら、なぜ仲間など求める? お前一人で強いだろうが」 クロノさんは突き付けた剣を降ろさずに、話を続ける。 「知能が低すぎて俺の思った通りに動けないんだよ。単調な命令しか聞かない。  てかそれよりもこの身体見ろよ。女だ。女に転生しやがった。なら姫プレイでもやってエンジョイしたくはならないか?」 ───は?? 何を言ってるんだこの人は。…姫プレイ? 「新人、姫プレイとは何だ?」 「………多分、ゲーム内とかで女性のプレイヤーが沢山の男性プレイヤーに囲まれてチヤホヤされる、そんな感じの意味だったと思う」 意味合ってるよね? 「何だ実に下らん」 「まあそう硬いこと言うなよおチビ。姫プレイは半分冗談だが、腕利きの仲間を集めて楽したいってのは本当だ。  第一1度死んでるんだぜ? 命に対して慎重になるのは当然だ。当然の権利だろ?」 その主張は、尤もな事かも知れない。 姫プレイは悪ふざけとして忘れるにしても、新しい世界は目が眩む程のファンタジーでいっぱい。死が当然のように隣にある。 なら強い仲間が欲しいのは分かる。自分も今、心強い仲間に支えられているから。 彼女は今後もこのやり方で仲間を集めて行くのだろう。ただしまだ一人も居ない。 いつ頃転生して、いつからこんな事を始めたのか分からないが、 「でもその選別で100人も死んでる、東に行けなくて困ってる人が大勢いる。そっち側からも西に行けない。  貴女はそれが分かってるんですか?」 「何言ってるんだこの世界の奴が何人死のうが困ろうが知ったことじゃないだろ? 別に罰される訳でもないし。  死んだやつは力が無かったって事で。ここでは俺が一番強い。だから好きに生きる」 成る程。選別エラーの意味も分かってきた。 無量大数ある異世界の中には、やっぱりその世界の害でしかない転生者はいる。 そしてその異世界では誰も倒せないだろう。転生特有の特別なスキルがあるのだから。 だからこそ 「残念だったな。俺はお前の姫プレイとやらに加わるつもりはない。  罰される訳はないと言ったな? 罰しに来てやったぞ、遠い異世界からわざわざな」 だからこその滅師職人。 「はぁぁぁ…今日は何か妙な予感したから様子を見に行ったらこれだよ。  遠くで見たらザコ男二人にチビ二人、どうにもならないや帰ろって思ったら、チビが俺の火龍倒してやんの」 やれやれと体で表して、この世界の転生者は向けられしその刃に物怖じしない。 …本当に、本当に殺すのか? 魔物ならまだしも生身の人を殺すと言うのは… 抵抗があると言うよりは常識が邪魔をする。人殺しと言う禁忌をやるなと脳が警鐘を鳴らす。 でもクロノさんは違う。この人はきっと必ず殺す。相手が魔物でも龍でも人でも関係なく。容赦無く。 共に異世界転生者、共に相容れない。 ここで逃せば、恐らくこの女性は僕達を避けて二度と前には現れないだろう。 転生者同士が近くに居たら感知が出来るのであって、これはレーダー的なものじゃない。 「一撃で刺し殺す」 「物騒な事言うのやめてくれよ。それになんでわざわざ能力の説明したと思ってる?  本を警戒されずに取り出す為さ、お前達はもう一歩遅れてるんだよ!!」 言って本を開く。 しまった、やけにペラペラ喋ると思っていた。 この場で大型な魔物を召喚されたら、この人どころではない。 単調な命令しか聞かないと言った。『単調』な命令なら聞くのだ。 目前の自分達を殺せとでも言えば召喚された魔物は向かってくる。 そしてその騒動に乗じて、彼女は逃げて姿を眩ますだろう。 確かに一歩遅れた。クロノさんが一瞬で間を詰めてもその一歩で間に合わないかも知れない。 剣の刃が転生者の皮膚を貫く前に、魔物の肉盾が出て来る。 焦ったのは僕だが、自分ではこの状況に対して何も出来ない。手立てが無い。 クロノさんを見る。際どいが、クロノさんの速さで先に転生者を仕留めるしかない。 そう思っていたが、クロノさんは剣を向けた姿勢からまだ動きもしていない。 駄目だ、これでは絶対に逃げられる─── だが、意外にも出てきたのは転生者のスキルによる魔物じゃない。 実際に出て来たのは刃だ。 二本、背後から刺し、胸から飛び出る様にして。 「えっ………?」 転生者の身体の中心点から刃が飛び出す。 口から血を零す転生者も、そして僕も、呆気としてそれを見ていた。 そう言えば、自分自身も忘れていた。 「言った筈だ『一撃で刺し殺す』と。さっきチビ二人と言ったな? お前こそ遅れてる、いや初めからお前は詰んでる」 クロノさんの言う通りだ。転生者は自分とクロノさんを見てチビ二人と言った。 それは当たり前。だって『見えない』んだから。透明になって動いている三人目が。 そのまま背中を蹴り飛ばされたのか、転生者の女性は刃二本を身体から抜かれながら前のめりに勢いよく倒れる。 そして彼女が居た位置から、白く長い髪の真っ白な小さな女の子の姿が湧き出てきた。 手にした二本の短剣を強く振って、付いた血を空に捨てる。 「『三度目の生に幸あらん事を、迷わず旅立てよ』」 心臓付近を一突き。いや二本だから二突になるのか? 恐らくは…ほぼ即死だ。 その彼女の死体に向かって、雛戦さんにしては珍しく長めのセリフを言っている。 三度目の人生…神によって悪と断された異世界転生者に対してそれは酷な話だ。三度目の転生なんてまずあり得ないと思う。 大人しく魂洗われて無としてまた始めろって事なんだろう、そう解釈した。 皮肉めいたその発言を以って、僕の初仕事は終わりを告げた。 「うっ…」 思わず顔を背ける。目の前には先程まで生きて自分と話していた人の死体がある。 到底僕はそれを簡単に受け止められる程の器をしていない。人…人が死んだ。殺された。 「目を背けるな」 しかし静かな声で、隣のクロノさんが僕にそう言ってくる。 クロノさんを見た。彼は僕を見ていない。死体を見ながら言っている。 「これが滅師の仕事だ。何れはお前もその役立たずのお絵描きで転生者の命を奪う。  今すぐやれとは俺も言わん。ただまずは目を背けるな。これは雛が殺したんじゃない。『チーム』として殺した」 真剣にそう語り掛ける。 ………僕はまたフォローされた。これは雛戦さんが殺したんだからと思って『逃げた』 椎名さんが初めに言っていたチーム、そのチームの一員として、この殺しは等分割すべき。 逃げてはいけない。目を反らしてはいけない。 この世界のターゲット、異世界転生者の女性は右手に本を掴んだまま、事切れている。 胸からはドクドクとパックが破損したトマトジュースのように鮮血が流れている。 目も見開いている。確かに、死んでいる。 僕の世界ではあり得ない、下手すると一生見る事はない光景がそこにある。 口の中の嫌な物を飲み下しながら、その死の様を見届けた。 結局、この異世界転生者の名前すら、知らぬまま全ては終わってしまった。 「───よし椎名の所に戻るぞ。やはり所詮は等級Cだったってな」 先までやけに達観した感じだったが、元の不遜なクロノさんに戻った。良かった。 そう言えば等級Cって言っていたなぁ… 細部まで把握は出来なかったけど、魔物を図鑑で捕獲して、召喚行使するって感じかな? 火龍は予想だがここに留まるようにと命令されたのだろう。 そもそもずっとこんな狭い山道に一匹で居続けたのが変だった。どちらかと言えば火龍も被害者みたいなもの…かも知れない。 だからと言って100人の命が消えているので許されるものでは無かったが。 「いや…俺達が戻るよりあいつがこっちに来た方が早いな。現場確認も出来る。  よし雛、椎名に連絡を取れ。終わったからこっちに来いとな」 少し考えて、クロノさんは椎名さんがこっちに来てくれる方が捗ると判断したみたいだ。 雛戦さんはコクリと頷く。取り出したのは………珍し、あれガラケーじゃない? 異世界監督所で格上の技術力を見せられた後だと、なんか変な感じだ。 まあ雛戦さんらしいと言えばらしいや。彼女は多分そういう所に頓着しない性格だろう。 ─────バグン 急にその、変な異音が周囲で鳴った。 この音には勿論クロノさんも気付いている。 二人して振り返り見るのは、モンスター図鑑の異世界転生者。 しかし彼女はあれから微動だにしない、あれは死体だ、間違い無く。 何の音だとまた、視線を戻した時、ガチャンと雛戦さんのガラケーが手から滑り降りた。 「雛戦さん?」 携帯落ちましたよ? 思わず呼び掛ける。 自分の目の前には白い少女。髪の毛は白く、肌も白く、ゴシックロリータ的な白柄のワンピースを着ている。 ニーソも白、靴も白、何から何まで白い少女はここまで斬りに刺して、真っ白とは言い難いぐらい赤に塗れている。 ぐらり 特に胸の辺りの返り血は酷い。 彼女の白に赤は似合わない。そう自分は思いながら 糸の切れた人形のように地に倒れていった雛戦さんを終始見ていた。 「「ひ─── 「ストォォォッッップ!! 残りのガキ二人そこから動くな」 響くのは男の人の声。 その方角を見る。岩場の影から人が見える。先程までは居なかった。 感覚で理解った。あの人も異世界転生者。 理解ったけど、異世界転生者は、さっき殺した筈ではないのか? 誰なんだ、こいつ… そして雛戦さんに、何をした? 「しょおおお凝りもなくまた来たのか。ん、なんだっけ漁師だっけ?滅師だっけ?  もうこの世界ぐらいほっとけよ。世界は無量なんたらなんだろ?」 何を言ってるのか意味が分からない。クロノさんもそれは同様のようだ。 距離はかなり離れている。50メートルぐらいか、用心している。 年は二十歳ぐらいだろうか? 見た感じは結構肥って見える。 それよりも、今、気になるのは男の右手に掴んでる物体。 さっきまでドクンドクンと動いていたが、もう動いていない。気持ちの悪い、物体。 掌のサイズでボトボトと引き千切られた血管から血を流している。 あれ…見たことあるんだ。 理科の授業で。 人体模型とかで。 あれは、『心臓』ではないだろうか。 「あ、これ? ばっちいだろ? そら返すよ。  ったくさァ…共鳴が来ない程遠くで観戦してて正解だったよ。消えるこのガキは俺にとってもヤバヤバだ」 謎の男はその心臓をこちらに向かって雑に投げる。無論届く訳もなく、少し先にべチャリと落ちた。 返す? 返す? 誰の物だ。 真っ白の思考のまま、倒れた雛戦さんを見る。 彼女と目が合った。まるでこっちを見てはいない…そんな目でこっちを見ていた。 胸から大量に出血している。 「お、ま、え…」 クロノさんが鬼の形相を見せる。腰に戻した剣を再び抜いている。 「あー俺に近付かない方がいいぞ。そんな素振りしたら即殺すから」 「やってみろッッッ!!!!!!!」 猛犬の様に低く姿勢を取って、クロノさんが最速の勢いで謎の男に向かう。 それに『あー』と溜息を付きながら、 ─────バクン 異音 再び謎の男の掌には物体が現れた。先と同じ形、心臓… その直後、クロノさんがよろけるように失速して、倒れ込む。 正に鬼気迫るといったあの様が、急に無へと消滅した。 そしてもう、ピクリとも動かなくなった。 「なん…なん…なんなんだアンタ…」 意味不明が嵐の様に降ってくるのはこれで二度目だ。 最早、訳が分からないを通り越して理解すら及ばず、感情すらも遠く追い付けない。 「お、僕ちゃんは利口だねェー、まあ結局殺すけど」 男は一定の距離を取っている。警戒している。この無力な僕を。 「二人に何をしたッ!?」 「見て分かんない? 能力で心臓くり抜いたんだよ。もう死んでるに決まってんだろが」 「心…臓…?」 「『心臓窃盗』俺の能力。とんでもないだろ? ははははは。最強だよ最強」 駄目だ、まだ理解が追い付けない。 心臓、心臓窃盗? 心臓をくり抜く? もう一度雛戦さんを見る。彼女は変わらずこっちを見ている。その顔にもう生気は感じられない。 胸部がやけに出血してるのは、こいつに心臓をくり抜かれたから。 もう、死んでいる。 「………異世界転生者はさっき僕達が殺したのに、なんなんだお前…お前は!」 「知らねーよ同じ世界に異世界転生したんだろ? どっちにしろうぜーからその内あのブスは殺そうとは思ってたから手間省けたよ。  それにしても世界は広し、なのに一同に転生者が集うってなんか見えない磁石にでも引っ張られてるのかねェ…」 転生者は引かれ合う。こいつもその因果に引っ張られて来たのか? いや、そんな事今はどうでもいい。 こいつは雛戦さんを殺した。 短い間だったけど、彼女は献身的に僕の身を守ってくれていた。 可愛かった。物騒な小剣を二本持ち、姿を消すスキルで文字通り暗殺する白きスペシャリスト。 彼女のお陰でモンスター図鑑の転生者を倒せた。 こいつはクロノさんも殺した。 短い間だったけど、彼はここまで先導して導いてくれた。立派にリーダーをしていた。 スキルが出ない役立たずの僕を特に邪険にする事も無かった。 自分の目の前で多くの魔物や火龍を斬り倒してくれた。 火龍討伐の時の二人の息合った二段ジャンプは格好良かった。 頭の中で沸々と湧き上がる。それは怒り。暫く出なかった感情が今、表に出てきている。 許せない、許せない、許せない。 殺してやる。必ず、こいつは。 「怒ってるねェ、でもお前ら殺しに来たんだろ? なら殺されても文句言えないよなァ?  ガキだからって容赦しない、お前も何か能力持ってんだろ? あぶねーからさっさ死んでこの世界から消えてくれよな」 怒りだけ渦巻く。ノートは出している。 何も出ないただのノートを開いてるだけだ。 悔しい。歯噛みする。何も出来ない。 何も出来ずに、二人の仇も討てずに、こんな急な展開で第二の人生は閉じるのか? まだ一日も経ってない、笑える。まさに急転直下の模様。 自分は、雛戦さん、クロノさん、二人と同じように心臓をくり抜かれて死ぬ。 二度目の死は、一度目より納得がいかない、未練ばかりだ。 こんな思いをするぐらいなら、神様、僕は二度目の生なんて要らなかった。 先で男が動くのが見える。あの手に僕の心臓が握られるまで、秒も掛からない。 自分の死を受け入れた訳じゃない、どうしようもならないから、ただ痛みを、待った。 「間一髪間に合って───間に合ったって言うのかなぁこれ…」 だが、心臓をくり抜かれる痛みは来ない。 謎の男から自分を遮るようにして、それが現れたから。男の関心もそちらに向かう。 青い、両サイドに流している髪が風で揺れる。 ブカブカの黒のローブ、僕からは背中に『滅』と書かれた金文字が大きく見える。 僕が異世界転生して、初めに見た人。 頼れる人が─── 椎名さんが…来てくれた。  
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