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両長召抱人は新選組に新しく追加された役職で、局長と副長の身辺雑務をこなす小姓の事だという。
更に水汲み、薪割りと追加され、「馬鹿野郎」と吠えたくもなる鉄之助だった。
仕事が終わる頃にはヘトヘトで、兄・辰之助から新選組について教えて貰っても、鉄之助の意識は半分眠気に負けていた。
兄・辰之助は局長・近藤勇附見習い隊士となり、同じ屯所の中にいても今や顔を合わせる事は多くはない。
両長召抱人は他の隊士に比べ巡察などする事はないと聞いていたが、これが思った以上に忙しい。
「あの……他に御用は?」
「今はない」
「そうですか……」
何もないと言われると、鉄之助は困った。
この日に限って剣の稽古を付けてくれていた相手は巡察にでかけ、国友村を出る時に持って来た本は全て読んでしまった。
国友村にいる頃は川に魚を獲りに行っていたが、ここは京の都である。既に鮎の時期も過ぎているだろうし、鴨川がどれくらい深いのかも謎だ。何もする事がないというのは、これが以外に辛い。
「あの……」
「今度は何だ」
「厠へ行っても?」
「……勝手に行け」
鉄之助は土方の部屋を出ると厠へ向かった。
(さぁて困ったぞ……。何をするか……)
「ふぁ……」
厠を出た鉄之助は、庭の真ん中で欠伸をした。見上げる空は青く、いわし雲が浮かんでいる。
屯所の庭に降りてみたが、今度は眠気が襲ってきた。
寝ぼけ眼を擦りながら歩き始めれば、袈裟衣の僧侶と出会った。
(あれ……? どうして屯所に坊主がいるんだろ)
僧侶はニコニコと微笑んでいる。
「――今日は、ええお日和ですな?」
「え、あ、はい」
「お茶でもどうですやろ? ちょうど、虎屋の羊羹もおましてな」
「羊羹!?」
鉄之助が思わず声を大きくすれば、僧侶に笑われた。
虎屋と言えば、鉄之助でも知っている羊羹が代名詞の老舗である。しかも――、ただである。
西本願寺僧侶と新選組の関係は、いいとは言えないという。
僧侶が嘘を言うとは思えないが、鉄之助は、念のために聞いてみた。
「あの……、俺のようなものでもいいんですか?」
「かましまへん。ほな、参りましょ」
穏やかに笑む僧侶の顔が、まさに仏様に見えた鉄之助であった。
何か大事な事を忘れている気がしたが、羊羹の誘惑にあっさり乗った鉄之助である。それは思い出される事はなく、綺麗に頭の中から消えていったのだった。
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