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山田ゆうり(3年) トランペット
5月半ばの夕方。
月岡奏の退部は、なんの前触れもなく、部員が集まった音楽室で顧問の先生から発表された。
まさに青天の霹靂。
私は奏から、なにも聞いていなかった。
「コンクールの自由曲は、どうなるんですか?」
私は部長として、部員が気になっているだろうことを最初に聞いた。
8月の全国中学吹奏楽コンクールに向けて、みんなが練習しているのは「星条旗よ永遠なれ」。この曲は、中盤にピッコロの独奏がある。ピッコロはフルートを一回り小さくしたような横笛で、うちの部で演奏できるのは自前の楽器を持つ奏だけだ。
「曲を変えることになると思う。近いうちに新しい楽譜を配るから、それまでは基礎と課題曲の練習に集中しよう」
顧問の橘先生が、ネクタイの結び目を触りながら苦い顔でそう答えた。
退部の理由が「受験に専念したいから」だと聞いて、音楽室に渦巻いていた戸惑いは一瞬で敵意に変わった。
受験勉強が必要なのは誰だって同じだ。中学3年の貴重な夏休みの半分をコンクールに向け練習に明け暮れる吹部員は、みんな毎年同じ苦労をしているのに。
しかも、自由曲に「星条旗よ永遠なれ」をやりたいと言ったのは奏本人だ。初心者の1年生に楽器を教えながら、4月から一生懸命練習してきたのに。奏が辞めれば、今までの努力は水の泡。こんな時期に退部するなんて、無責任すぎる。
もしかして部長を引き受けなかったのも、こんなふうにいつでも辞められるためにだったのかな……
私は奏に部長を押し付けられた、去年の9月のことを思い出した。
4年生の時からフルートを習っていたという奏は飛び抜けて上手くて、橘先生にも特別扱いされていた。みんな当然奏が部長になると思ってたのに、役職決めのミーティングで、本人が絶対に無理だと言って引かなかった。
確かに奏は地味でおとなしいタイプだし、部長に向いてないっていうのも分からなくはない。でも、明らかに自分より上手い子がいるのに肩書きだけ部長なんて、正直私はずっと微妙な気持ちだった。
だいたい、退部するならなんで先生に言う前に私に連絡もなかったのか、本当に腹が立つ。私が部長を引き受けたら絶対サポートするからって、去年そう言ったのは奏だったのに。
裏切られた私の胸の中で、怒りがメラメラと燃えた。
退部したその日から、私は一度も奏と話していない。
クラスも違うし、廊下ですれ違った時に無視したら、次からは奏の方が目をそらすようになった。
もう、謝罪も弁解も聞きたくない。
奏となんか、卒業するまで口きかないって決めたんだから。
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