紫陽花の甘露に黒猫の溜息

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 分からない。 「好きだ……穂咲――」  そのたった一言で、全てが飛んでしまったから。  ――甘い。  紫苑の朱に染まる頬も、小さな声で告げられる想いも、次第に柔らかくなるキスも。感じる紫苑の全てが密の様に甘い。 「明日、体調が良かったら、オレに付き合って。紫苑」  その形の良い耳元に囁くと、素直にコクリと頭が縦に揺れた。  その旋毛にそっとキスを落として、目を閉じる。 「ほさ……き」  吐息の様に小さく、甘やかな声音を零した紫苑も同じだろう。  窓の外では、ぱたぱたと雨の降り出した音が聞こえる。  ようやく穏やかな、甘い恋人の時間が訪れた。
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