紫陽花の甘露に黒猫の溜息

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「あぁ、大切にしたい人が居るんだろうね」  問いかけにマスターは柔らかく微笑みながら、『誰が』とも、『誰を』とも示さない言葉で答えた。  大切にしたい相手。  その言葉に紫苑の顔が浮かんだ。  体調の悪さに顔を顰めながら、それでも穂咲を求めていた。  求めていたけれど、その辛そうな表情が無理もしていた。  どうしてやれば良かったのだろう。  ふと思う。  ――来るもの拒まず。去る者追わず。傍観者には傍観し返す。  そう言われ続けた自分が、こんなにも紫苑一人の事を考えている。  こんなにも想っている。  こんなにも求めている。 「だから、求めろよ」  フッと、知らず笑みが漏れた。 「うっわぁ…黒い……」  叶。塚山。オーナー。三人に呆れた顔で笑われて、穂咲は更に笑みを深くした。  その瞬間、パンツの後ろポケットに押し込んだスマホが震えた。  トップ画面に吹き出しマークと共に紫苑の名前が並ぶ。  穂咲はフラップをスライドさせ、SNSのメッセージを表示させた。  そうしてフワリと幸せそうに、蕩けた目元を綻ばせる。 『寝られない。帰って来いよ』  短いメッセージに、彼の最大限の甘えが滲む。  ――やっと、甘えてくれた。 「早く言えば良いのに」  その一言に、相手を悟った隣の叶が嘆息する。 「幸せそうな顔しちゃって。……行く?」 「あぁ、悪い」
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