紫陽花の甘露に黒猫の溜息

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 叶の一人だか、二人に成る為の時間だかを邪魔したと謝る。 「良いよ。拗ねる穂咲を見られただけで帳消し。可愛い猫ちゃんにヨロシク」  そう言って手を振り、早く行けと示す。 「また、ゆっくり来ます」 「今度は大切な人と一緒にね」  躊躇いも無く頷き、マスターと塚山に暇を告げ残りのビールを煽った。フィッシュ&チップスに目を遣ると「食べるから」と、叶が食べ物も飲み物も残すのは嫌いな穂咲に笑んだ。  「悪い。ヨロシク」と頼み、きっちり支払いを済ませて、再び重たい木製のドアを開ける。  その瞬間、視界の端に叶の姿が留まった。そうしてすぐに、その姿は塚山の背にすり替わって、二人が何か話している。  そんな二人の向こうで、マスターが苦笑しながら、「大丈夫だから行きなさい」と手を振っていて、穂咲はそっとドアを元の位置に戻し、求める人の元へと足を急がせた。 「ただいま」  穂咲は渡されている合鍵でそっとドアを開け、小さな声で「お邪魔します」ではない、帰宅の言葉を告げた。  付き合い始めて約一年。  梅雨の時期を迎え、互いの想いは大きくなっているのに、仕事に忙殺され、互いの存在を大事に出来ず、時間を経た恋人という甘い時に浮かれてしまった。 「紫苑?」  そっと彼の寝室を覗くと、真っ直ぐな黒い瞳がこちらを向いた。 「体調はどうだ」 「どこに行っていた」  穂咲の問いかけには答えず、詰問でもなく、淡々とただの質問の様に装う言葉に、焦れた寂しさや嫉妬が滲む。
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