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だからこそ、こんな事になってしまった落胆が半端ないのだ。おそらく、穂咲も。
確かにこの状態では彼に何もしてやれない。
「穂咲、た……」
「紫苑、オレが居るとゆっくり休めないようだから、帰るよ」
「体調が戻ったら」と続ける言葉は、空中で霧散する。
「え」
茫然と零れた声しか返せなかった。
紫苑の言葉を遮った声が、突き放す様な色を含んでいたから。
「穂咲?」
ようやく呼んだ名前にも、穂咲は「うん」と言って答えてはくれたが、続く言葉に取り付く島はない。
「良く寝て、ゆっくりすれば少しは良くなるだろ。まだ梅雨にも入ってないし、先は長いから」
不調の原因を知る穂咲はサラサラと言葉を続けて、紫苑には何も言わせず、使い終わった洗面器とタオルを手に、再び寝室を出て行った。
そしてあっと言う間にこの部屋を訪れた時の、ラフなニットセーターとパンツを身に着け、荷物を手に寝室を覗きに戻って来る。
じっと紫苑の顔を見て、ふぅっと一つ息を吐くと、リビングに残してきていたスマホを枕元に置いた。
「じゃ、おやすみ。何かあったら、絶対、連絡しろよ」
そう言い残して、あっさりと帰って行く。
パタンと乾いた音をドアが立てた途端、どうしようも無い虚無感が襲ってきた。
「何かあったらって。連絡しろって。だったら、ここに居れば良いじゃねぇかっ。……って、俺のせいか」
全て自分の撒いた種だ。昔からの特異的な不調とは言え、体調管理がなっていなかったのも、彼が傍に居ることに浮かれていたのも。
そう、浮かれていたのは自覚していた。
そして穂咲もまた、紫苑が甘い時間を楽しみに待っていてくれた事も分かっていた。
傍に居たかった。傍に居て欲しかった。
触れていたかった。触れていてほしかった。
普段、決してそんな甘い欲求は口になどしないが、それが紫苑の本心で、穂咲に対する想いの全てだった。
それを自分が潰してしまった。
――どうすれば良かったんだよ
響く様な痛みは未だに収まらない。
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