紫陽花の甘露に黒猫の溜息

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「マスターの店か」  メールして数分。  穂咲から、今日この時間に連絡がある事など想定外だった相手からの、羅列された『!』と共に、相手の居場所が分かった。  昔馴染みのスポーツBar。  穂咲は躊躇いも無くコールボタンを押すと、相手は三回にも満たない内に応答してくれた。 「今から行くから」 『イヤマジで何事? 紫苑は?』  焦った声は本気で心配をしている。 「頭痛で体調不良でダウン」 『あぁ、梅雨時期か。で、何で穂咲はそんなに怒っているの』 「今から行く」  相手の問いかけに答えず、穂咲はたったそれだけを宣言してコールを切った。今頃、苦笑交じりにマスターへ頼んで、穂咲の席を一席確保していてくれている事だろう。  週末の深夜にはまだ早いこの時間は、海外サッカーの観戦と称した飲み会で賑わっているはずだ。  数十分ほどで店に着き、重い木製のドアを押し開けた。  カウンターの席で、幼馴染の鶴見(つるみ)(かなう)がこちらを振り返り軽く手を挙げた。  案の定、彼の隣、それ以上は無い壁側の一席以外は満席だった。 「久しぶりです、マスター」 「ホントに。穂咲くん相手が出来てから、とんと見なくなったからね。まぁ、それはそれで、良い事なんだけど。元気そうだね」  ニコニコと言いながらマスターは、目の前に黒ビールとフィッシュ&チップスという定番のセットを置いてくれる。 「ありがとう」 「お礼は叶くんに言うんだよ」  そう言い残して、穂咲が叶と話しやすい様に他のカウンター客の話し相手になるべく、移動していってしまった。 「超が付くほどの多忙時期を乗り切った互いに、乾杯でもしておくか?」  穂咲の気まずさからの提案に、叶が吹き出した。 「ぶっは! イイネ!」  互いのグラスをカチリと合わせ、それぞれに口へと運ぶ。
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