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喉元を通り過ぎて行った苦味は、先程まで味わっていた後悔の味に似ていて、眉間に皺が寄った。
「ふぅー……って、全く、なんなの穂咲」
こちらを見遣った叶が苦笑する。
「そんな顔するくらいなら、猫ちゃんの所に戻れば?」
苦味を含む穂咲の顔に気付いているらしい叶は、呆れともとも付かない困った表情で笑みの形を作った。
「紫苑を休ませるにはオレは居ない方が良さそうだったから出てきた」
「はぁっ? ナニソレ!」
「何か、体調も悪い中、余計なことばかり考えてるみたいだったから」
このBarに集う者のほとんどがゲイやバイでも、大広げて話す内容ではない。
穂咲はフッと息を吐きながら、ポソリと聞こえても聞こえなくても良い声で呟いた。
「ちょっとでも甘えてくれたら良いのに」
その呟きを確実に聞き取った悪友が茫然とした後、不意に肩を震わせ始めた。
「何だよ」
「穂咲が拗ねてる」
零すまいと堪えていたらしい笑いは、途端に抑えられなくなったらしい。
「あははは、猫ちゃんのお蔭で穂咲が普通に恋愛で振り回されてるなんてっ。いいじゃん、互いに優しい関係。きっと、紫苑も穂咲を構いたかったんだよ」
叶は笑いを腹に流し込むべく、グラスを煽った。
「そんな事は分かってるよ。昼間の紫苑はマジでその場で押し倒したいくらい可愛かったんだから」
昼間の紫苑を思い出しながら、穂咲もグラスを手にする。
「いや、ホント、自分の発言がおかしくなってることに気付いてる? 穂咲」
互いに、あっと言う間に空にしてしまったグラスの追加を二つ分、マスターに頼みながら穂咲は嘆息する。
「分かってるよ。オレは変わってきている。万が一、紫苑がオレの元を去って行くなんて事になっても、もう追わずにはいられないくらい」
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