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そう言いながらも少しも残念がる様子も無い、私の上司のことを少し説明する。
彼の名前は『安納七詞(あんのう ななし)』
私なんかよりよっぽど珍妙な名だ。
年齢は38歳。
癖毛かかったボサボサの髪に、無精髭。
皺のついた深緑色のシャツに、ド派手な濃紫色のネクタイ。
外へ出かけるときはそんなよれたシャツにお似合いの、くたびれた黒のトレンチコート。
しまいには左右柄の違う靴下。
だらしない人間の全ての要素をミキサーで掻き回して、電子レンジで3分温めたら出来上がったような男。
どっからどう見ても真面目な人間には見えないし、まぁ真面目な人間に分類することは到底出来やしない。
信頼はおけない。胡散臭い。清潔感の欠片も無い。そんな3コンボを見事に決めた彼とは、まだ出会って間もないが、私はこの男の元から早く離れたかった。
この人の下では、私の"目的"は果たせない。たった一ヶ月の付き合いでそう気づかされるほど、この男は"超絶絶対的適当人間"だった。
「それで、七詞さん、いい加減そろそろ説明を」
「まぁまぁ、そう慌てるなさんなって」
いつのまにか一杯目のグラスを飲み干した七詞は、そう言いながら近くのソファーに腰を落とす。
いや…、鼻歌まじりの上機嫌な様子と、少し赤らんだ顔を伺うに、一杯目というのは間違いかもしれない。
そもそも同じ種類のお酒を二杯頼んでいること自体疑わしい。
あの色のついたお酒は確か『カクテル』と呼ばれるもの。提供する場所によって味は異なると聞いたことがある。
そして、七詞は私がお酒を飲まないことを知っている。つまり端から両方とも自分で飲むために購入したと考えられる。
なのに同じ種類のカクテルを二つも頼んでいるということは、既にあのカクテルを口にして気に入っているということだ。
恐らく、さっきバーカウンターに行った時、既に何杯か飲んでいたに違いない。お気に入りのカクテルが見つかるまで。あの顔色からすれば5、6杯といったところ。
「はぁー…」
あまりに馬鹿馬鹿しくて溜め息が漏れる。
仕事中に酒を飲むこの男も、そんな下らない推理に脳内リソースを割いてしまっている自分にも。
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