第0話 「ヒトとは、そういうものだ。」

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第0話 「ヒトとは、そういうものだ。」

 この地球上には、実に様々な生物が暮らしている。  ひとえに〈ヒト〉と言えど、個々が備え持つ人間性は必ずしも一致しない。数多の思想、多様な感性に溢れ、70億通りのライフスタイルが存在する。  ヒトの遺伝子情報は、99.9%以上が隣人と一致している。バナナのDNAでさえ、60%はヒトと同じなのだ。  されど〈隣人〉と〈私〉は、致命的に異なっている。  初めはほんの些細な違いであろうと、周囲の他者に触れ、理解と誤解を繰り返しながら日々の生活を送るうち、それらは刻々と変化し、拡張を続けていく。  境遇、時代、眺めるアングルによって隣人は至って月並みであり、あるいは、風変わりだとも語られうる。  ――ヒトとは、そういうものだ。  四月の最終日。夜の風は、未だひんやりとして肌寒い。  地面に落下した桜の花びらはすっかり吸収され、今ではどこを眺めても枝別れした緑一色であった。そんな情景にはお構いなしで夜の街は大いに賑わい、春の余韻に浸ろうと、人々は揃って空の方角を見上げている。  遅ればせながら開催された夜のお花見では、奇妙な連帯感に包まれた隣人たちが肩を並べ、腰を下ろしている。青いレジャーシートの上には安酒と出来合いのつまみ、それに、ありがちな世間話で盛り上がっていた。  けれど、そんな平穏なひとときを瞬時に吹き飛ばす光景が、今まさに繰り広げられていた――。  人気のない夜の公園。花びらはとうに散り落ち、新緑のみが覆うみすぼらしい桜の木の下では、鋭い逆光に照らされ、強烈な風圧に煽られながら、レジャーシートの上にしがみつく四人の後ろ姿があった。  闇夜を照らす発光体は、彼らの視線の先で脈打つように光を放ち、数メートル上空を浮遊している。  やがて、宙を浮いたその物体は、瞬きをする間に空の彼方へ飛び去ってしまった。
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