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「ほら、覚えているかい? 私たちの約束」 「約束? あら、私何か忘れているかしら。最近のこと?」  彼は左肩をすくめ人差し指を振った。 「ほら、君が三十までに結婚せず、ぼくが独身だったら結婚しようって。君は良いアイディアね。そうしましょうと言ったよ」  元ピアニストは目を見開き、そして微笑みを浮かべた。 「ああ……。そんな話ししたわねえ。でもあなた三十まえに結婚したわね」 「君はひとりだった」 「ええ。私はまだだった。あなたはでもしばらくして、離婚したのよね」 「そうだ、離婚がもっと早ければ君を迎えにいったのに」  彼女はケラケラ笑った。 「あら残念。バルギール夫人になり損ねたってわけね」  ミツコの婚約が発表になって、彼は落胆したひとりである。自身の結婚が悲劇的であったから、思いを告げていつ終わるとも知れない泥沼に彼女を引きずり込むことはできなかった。
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