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人混みの中に、今日も僕は君を探している。
たった一言を言いたいがために。
きっとすぐに見つけられる。
そう思っていた僕が愚かだった。
某スクランブル交差点。ここは一日五十万人もの人が通行するという。
一回の通行に三千人も通るという噂まである程、とにかく人が多い。
こんな中で君を見つけるなんて不可能だ。そうは思っていても、僕は君を探さなければならない。そして、別れを告げねばならない。
君は、もう生きてなどいないのだから。
君はあの日、あの夕方、駅前で僕と待ち合わせをしていた。
あんな約束しなければ、僕は大切な友人を失わずに済んだのに。
久しぶりに中学時代の友達と遊びに行きたくなった俺は、よりにもよってあの時に約束をしてしまったのだ。
あのときの衝撃は忘れられない。
待ち合わせ時間を少し過ぎた頃、交差点に突然、車が突っ込んできた。
駅前の花壇に腰かけていた俺は、背筋が凍った。
大混乱に陥った交差点の方を見れば、何人も撥ねられた通行人の中に、君がいた。
これ以上は思い出したくもない。
あの時から、君の時計は止まったままだ。
ショックで葬式にも出られなかった。
周りは皆「お前のせいじゃない」と慰めるが、それがかえって僕のせいだと責められているような気がして、しばらく外部との連絡を一切絶ちたかった。
あの日のことを忘れてしまいたかった。
だから僕の中の君は、まだ中学生のままだ。
あの事故から数か月。妙な噂がたった。
あの交通事故の亡霊が、人混みに紛れている。
最初はありえないと思っていた。
けれど、その噂はどんどん広まった。
実際、僕もあの日の事故の犠牲者をこの目で見た。
間違いなかった。
あの交差点で、人にぶつかりそうになった、と思ったら、目の前で消えた。
後で調べたところ、やはりあの日あの交差点で被害に遭った人だった。
君は僕を恨んでいるかもしれない。
僕なんかとあんな約束しなければ、君は死なずに済んだのだから。その上、葬式にも出ないなんて。
僕は君に謝罪がしたい。
今日も僕は人波に揉まれていた。
向こう岸に渡っては帰り、渡っては帰り、を繰り返していた。
そのうち、事故の亡霊よりも僕の方が噂になってしまった。
何故こんなことをしているのか、と問う記者の声も、僕には責められているようにしか聞こえなかった。
一日に通行する五十万もの人間のうちから君を探し出そうとするのはもう今日でやめることにした。
そもそも、君は亡霊になんてならなかったかもしれない。
もし亡霊になっていたとしても、僕なんかには会ってくれないだろう。
やめだ、やめだ。ああもううんざりだ。
信号が赤になっているこの瞬間に道路に飛び出せば、僕も君と同じになれるだろうか。
そう思うと、いつの間にか足が道路に飛び出していた。
「待って!」
懐かしい声が聞こえたような気がして振りむけば、君がいた。
そうか。やっぱり僕を嫌っていたんだ。だから会ってくれなかったんだ。
「ごめん。さよなら」
僕が道路に飛び出した時、確かに腕をつかまれる感触がした。
「君、死んでるんじゃ…いや、君は死んでいるんだよ」
そう伝えることが僕にできる唯一の贖罪だと思っていた。
「知ってるよ」
君はあっけらかんと答えた。
「じゃあ、なんでまだ幽霊なんてやってんだよ。やっぱり俺が憎いんだろ」
「憎い?どうして」
「だって俺のせいで君は死んだ。あの日、約束なんてしなければ」
「んなわけねえじゃん」
「じゃあなんで」
「わかった、君はこの世に恨みがあるのが幽霊になるんだって思ってるんだろ。だったら、それは間違ってる。この世に未練がある奴が幽霊になって出てくるんだ」
「は?」
「だ・か・ら、み!れ!ん!あるに決まってんだろ。この年で死んだんだから」
「はあ」
「だいたい、お前なんかのせいじゃねえよ。あ?お前は神か?ここで車突っ込ませよう、とかできんのかよ」
君お得意の正論だ。
「…」
「なんだよ。まだあんのか」
「なんで腕を掴めたんだ?」
「知るか。そんなこと」
久々に会った君は、あまりにも僕が記憶する君の通りで、思わず頬をつねった。
「何やってんの?」
「そんなことより、久しぶりだな」
「おう」
「あの日は結局会えなかったもんな」
「急に容赦なくなったな」
「だって、恨んでなかったんだって、ほんとにただ偶然会えなかっただけだったんだって思えたら安心しちゃって」
僕はぽろぽろと泣き出してしまった。
「ねえ、これからどうなるんだろう」
「?」
君が言うその真意を僕は計り兼ねた。
「だから、死んだじゃん?死後の世界ってあるのかなって」
「んだよ。中二病か?」
「いやいや。幽霊が見える方がよっぽど中二じゃん」
「それもそうだな」
この状況が可笑しくて堪らなかった。
幽霊になった君と、幽霊を見てる僕。どっちがおかしいんだろう。
「君、大丈夫か?」
突然、警察官に話しかけられた。
「え?だってそこに…」
そこにはスマートフォンの画面にかじりつく人々がいるだけだった。
「やっぱ、何でもないです。疲れてるみたいで。熱中症ですかね。気をつけなきゃですね。ええ」
そう言って愛想笑いをすると、まって、というお巡りさんの言葉も聞かず、僕は足早に駅へ向かった。
もう二度とここには来ない。
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