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「お前のことは、もうとっくにあきらめていたところだ。まったく、惜しい男を亡くしたもんだと思っていたが、まさか誤報とはな」
定吉は腕を組み、やれやれといった風に顎を掻いた。
「遺骨もないまま葬式を上げて、立派な墓まで作っちまった。落ち着いたら、墓地に行って見てみろ」
「そうでしたか……ご面倒をおかけして、申し訳ありません」
「謝るな。お前の落ち度じゃねえんだ。それよりも、よく生きて帰ってきてくれた」
「あっしも、再びお目にかかれて何よりです。どうかまた、この組で可愛がってやってください」
「もちろん、そのつもりだ。お前さんにやってもらいたい仕事は、山ほどあるんだ」
定吉はニッと口角を上げると、辰治の手を取った。
辰治も笑顔を浮かべ、両手で定吉の手を包み込む。しわがれた手が温かい。ようやく吉松組に帰ってきた――そんな感慨に浸りながら、二人で固い握手を交わした。
しかし、そんな笑顔の時間は束の間だった。
「ところで、辰よ」
「ハイ」
「八重子のことだが――」
『八重子』と、その名を口にした途端に、定吉の表情が曇る。
はて、と思ったその時、玄関の方が騒がしくなった。
「アニキ!」
座敷のふすまが勢いよく開いて、パンッと乾いた音を立てる。
振り返ると、隻眼の男――辰治の弟分の寛二が、肩で息をしながら立っていた。
「……辰治さん」
寛二の後ろから、しとやかな女の声が続く。その懐かしい響きに、心臓がドキンと高鳴る。
寛二に続いておずおずと姿を現したのは、定吉親分の実の娘である、八重子だった。
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