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その言葉に、辰治は勢いよく振り返った。
定吉は心苦しそうに眉をひそめている。しかし、それでも真っ直ぐに、辰治を見つめていた。
どういうことだ――心臓が走り出す。
「本当なのか?」と問うように、もう一度八重子たちの方に顔を向けた。
目が合うと、寛二が一歩前に出て、深く頭を下げた。
「アニキ、すみません。アニキが戦場で苦労されている間に、戦争に行けなかった俺なんかが、八重さんと――」
「寛二……」
寛二をかばうようにして、八重子がさらに一歩前に出る。
「いいえ、私が悪いんだわ。あなたの帰りを信じて待っていれば……!」
胸を締め付けられるような、涙声――八重子は辰治の復員服の裾をぎゅっと掴んで、また言葉を詰まらせた。
八重子の大きな目から、ぽろぽろと大粒の涙が落ちる。その雫が畳を濡らすのを、辰治は無言のまま見下ろした。
ショックのあまり、頭の中が真っ白だった。しかし八重子の様子は、そんな自分よりも、はるかに悲痛なように見えた。
戦死の知らせを聞いた時も、八重子はきっと、涙が枯れるほど泣いてくれたに違いない。恋人を失った悲しみを乗り越え、ようやく新しい一歩を踏み出した――寛二を愛し始めたところに、辰治はのこのこと帰ってきてしまったのだ。
(俺のせいで、これ以上彼女の心を乱しちゃいけねえ。八重さんから大事なモンを奪うなんて……そんなことが、できるもんか……)
八重子の肩にそっと手を置く。真っ赤に充血した目が、見つめている。辰治は自分を奮い立たせ、真っ直ぐに視線を返すと、穏やかな口調で言った。
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