02 死んだはずの男

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「八重さん、よしてください。仕方のないことです。それに、そんなことを言ったら、寛二が可哀想だ」 「……」 「オレのいない間に、八重さんを支えてくれたのが寛二でよかった。こいつは本当に……いい男ですから。おい、寛二――」  呼ばれた寛二は、背筋をピンと伸ばして、辰治を見た。 「お前がこの組を継ぐなら、オレは喜んでお前の支えになるつもりだ」 「アニキ……」 「八重さんと仲良く、幸せにな」  安心させるように、二人の手を取る。そして笑ってみせた。できるだけ、穏やかに。  その途端に、八重子と寛二は、そろって辰治にしがみついた。復員服の肩のあたりが、じわりと暖かい涙で濡れるのを感じた。  二人の震える体を支えながら、辰治はどこか遠くを見つめた。心にぽっかりと穴が空いたような気分だった。  数年ぶりに帰ってきた、浅草の街。何もかもが変わってしまっていた。『死んだ男』である自分を、置いてけぼりにして――  寂しく、孤独な思いが身を包んでいく。  だが、辰治にも男の意地というものがあった。  八重子も寛二も、大切な人だ。誰よりも愛おしく想ってきた(ひと)、誰よりも信頼している弟分。たとえどんなことがあっても、そのことに変わりはない。 (二人の幸福を祈ろう。二人が幸せなら、それでいいじゃないか)  辰治は自分にそう言い聞かせ、心の痛みから目を背けた。
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