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「じゃあ、明日から闇屋の仕事を手伝ってくれるか」
「はい。仕入れでも、金の勘定でも、用心棒でもなんでも」
闇屋――つまり配給では手に入らない物品を売りさばく、露天商だ。吉松組では、その露天商の元締めをシノギの一つとしている。
物資の仕入れの手配を請け負い、露天商に卸す。そして、その売上からみかじめ料を徴収する。他にも庭場の管理や、揉め事の仲裁など、一切合切の面倒事を引き受けるのがその仕事だ。
本来ならば闇屋を取り締まる立場の警察官でさえ、闇市場で食料を買わねば飢えてしまう――それほどまでに、今の配給制度は頼りにならない。
だが、制度がある以上、闇屋はやはり違法な存在だ。
法律には頼れない。たとえば露天商同士の対立が起こったり、泥棒や愚連隊に店を荒らされるようなことがあったとしても、身を守る術がない。
それゆえに、『個人で闇屋をやるよりは安心して仕事ができる』といって、吉松組を頼ってくる露天商は多いのだ。
「うむ。では、まず明日の朝、露天商たちに物資の引き渡しを。それから仕入れの方を手伝ってくれ」
「はい」
「頼んだぞ」
辰治は頭を下げ、座敷を出ようと立ち上がった。すると、それを「待て」と制された。
定吉は、ずいぶんと神妙な顔をして懐を探っている。辰治は怪訝に思いながらも、再び定吉の側に正座し直した。
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