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吉松組事務所から出て、まずは銭湯に行った。ひとっ風呂浴びて外に出る頃には、夕暮れ時になっていた。
せっかく定吉親分が勧めるのだから、女を買いに行ってみよう。もしかすれば、本当に少しは気が晴れるかもしれない――辰治はぼんやりと思案しながら、あてもなく歩いた。
「吉原にでも行ってみるか。それとも玉の井……」
ぶつくさと独り言を呟く。
行く宛は、神様にでも聞いてみることにした。道路に落ちている木の枝を拾い、ひょいと投げてみる。
空に向かって飛んだ木の枝が、地面にコツンと落ちて、辰治の足元に転がった。
枝の先は、公娼街の吉原や私娼街の玉の井ではなく、上野の方角を指していた。
(どうやら、本当は気が進まないってことを、神様に見透かされてるな)
辰治は苦笑を浮かべると、木の枝を道の端に蹴飛ばした。
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