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言われてみれば、初めて会った時は、命からがら戦場から帰って間もなくのことだ。気が付かないのも無理はない。
辰治は照れを隠すように、鼻の下を擦った。たった半月ほど前の出来事だが、懐かしい人に出会ったようで、なんだか嬉しくもあった。
「その後、無事お宅に帰れましたか?」
「ええ、おかげさまで。その節はありがとうございました」
「いえ、いいんです。それより、またお会いするなんて、ご縁がありますね」
「どうやら、そのようだ」
「いやあ、本当に男前な方だ。髭は剃らないんですか?」
「いや、今日は剃り忘れただけで」
「へえ……」
世話ばなしに興じていると、男が急に近づいてきて、そっと辰治のあごに触れた。
あごに散らばった無精髭を、指先がちりちりと引っ掛けながらなぞっていく。
ドキッとした。反射的に、辰治は一歩身を引いた。
辰治の反応を見て、男はまた笑っている。そのいたずらめいた表情が、やけに色っぽく映った。
辰治は今更になって
「アンタは……男娼なのか」
と、ドギマギしながら呟いた。
男はそっと髪をかき上げ、気恥ずかしそうに苦笑いした。
「自分も去年の末に中国から復員したんですが、家も家族も空襲で亡くしまして。生活にもつまづいてしまって、今はこのとおりです」
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