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「お腹が空いているでしょう。血になるようなもんじゃありませんが、よかったらどうぞ」
「いや、しかし……見ず知らずの方に、そこまでしていただくのは――」
「そんな、お気になさらずに」
男はそう言いながら、半ば無理やり辰治の手の中にスモモを握らせた。
一つ受け取るだけでは済まなかった。男は風呂敷から次々と赤い実を取り出しては、辰治に押し付け始める。
最終的に、辰治の手のひらには4つのスモモが乗っかっていた。
ピンと張った赤い表皮が、太陽の光を反射して、つやつやと輝いている。辰治はそれをじっと見つめ、それから男に戸惑いの目を向けた。
男は微笑むと、
「元気を出してくださいね。それでは、自分はこれで」
と言って、背筋を伸ばし敬礼した。
ハッとなった。
その動作や、力強い視線――おそらくこの男も、軍隊上がりの人間に違いない。
反射的に敬礼を返そうとして、手の中のスモモがこぼれ落ちそうになった。
つるつると滑るスモモを慌てて掴み、ポケットの中に押し込む。顔を上げると、男の背はすでに雑踏の中に消えていくところだった。
辰治はため息をつき、また壁にもたれかかった。
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