02 死んだはずの男

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「親分! 辰さんが……辰治のアニキが、戦地から帰られました!」  玄関から身を乗り出すようにして、マサが叫ぶ。  その声を聞きつけたのだろう。近くに控えていた若い衆が、ワラワラと集まってくる。  辰治の姿を見るなり、驚いたように目を丸くする者。隣と顔を見合わせ、それから慌てて頭を下げ始める者――なぜか皆一様に、青い顔をしていた。先程のマサの反応と同じだった。  一体なんなのかと、さすがに怪訝に思い始めた、その時。  足音がした。他の者と比べ明らかに異質な、どっしりとした歩調だ。家の奥から、だんだんとこちらに近づいてくる。    玄関付近に集まっていた若い衆が、サッと道を空けた。その真ん中を通り抜けるようにして姿を現したのは、定吉親分だった。 「……辰か!」  「親分、長いこと留守にしました。ただいま帰ってまいりました」  膝に両手をついて、辰治は深々と頭を下げる。それから顔を上げ、改めて定吉と対面した。  数年ぶりに見る、定吉の顔――少ししわが増えたようだ。齢60を過ぎていれば当然とはいえ、記憶よりもぐっと老けたように見える。  その感覚は、相手の方でも同様だったのかもしれない。定吉は辰治の顔をまじまじと見つめ返し、なんともいえない深いため息をついた。 「俺、寛二(かんじ)さんを呼んできます!」  思いついたようにそう言って、マサが駆けていく。背後の足音はすぐに消えた。 「辰、よく帰った。積もる話は後だ。まずは上がれ。足の汚れは気にするな」  再会を喜ぶのは一息ついてから、ということらしい。定吉は近くにいた若い衆に目配せをし、すぐに座敷の方へと戻っていった。    その背に向かって、もう一度深々と頭を下げる。  辰治は玄関に腰掛け、固く巻いた脚絆(ゲートル)を外し始めた。すぐに若い衆が寄ってきて、靴の紐をとくのを手伝ってくれた。 「ありがとう」  感謝の意を示すと、若い衆はぎこちなく笑って、ペコリと会釈した。  その場にいる誰もが、無言だった。不可解な静けさの中、辰治は吉松組の中へ足を踏み入れた。
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