*04 蝶のねぐら

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*04 蝶のねぐら

 男に手を引かれるまま歩いていくと、やがて上野駅からほど近い、下谷万年町(したやまんねんちょう)にある貧民窟にたどり着いた。 「ここが俺のねぐらです。この長屋に、男娼ばかりで集まって暮らしてるんです」  男がバラック長屋のひと部屋を指差す。  長屋は闇に溶け込むように、ひっそりと(たたず)んでいる。いくつかの部屋は、小窓からかすかに明かりが漏れていた。 (……なるほど、男娼ばかりの長屋とはな)  気楽に生活できる上、きっと客を部屋に引き入れるのにも、都合がいいのだろう。薄い壁伝いに誰かの嬌声が聞こえたとしても、お互い様で済む。 「戦前と比べて、街娼の数がやたらと多くなったよな。この辺じゃ、男娼の数も増えてんのかい」 「そうですね、こういうご時世ですから。地下街や夜の上野公園なんかは、たくさんいますよ。街娼のお姉さん方に混じって、今は50人以上はいるんじゃないですか」 「そうか、そんなに……」 「俺も最初は、公園で立ちんぼしながら、簡易宿(ドヤ)を渡り歩いて暮らしてたんですがね。こんなんでも、帰る家があるというのはいいもんです」  そう言いながら、男は長屋の薄べったい扉を開けた。玄関全体が軋むような、不気味な音がする。扉の先には、真っ暗闇が続いている。 「少し待っててください」  男が下駄を脱いで、部屋の中に入っていく。  やがて闇の中に、ポッと小さな明かりが灯り、部屋の様子が照らし出された。
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