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 なるほど、これを待っていたのか。  葛木潤はやっと、張り込みの意図を理解した。殺人犯捜査七係主任、西岡夏帆の指示は、いつも必ず意味があるのだが、クライマックスを迎えるまでその意味が解らないこともままあるのだった。  今回、福原和幸の容疑はほぼ固まっていたが、しかし決定的な証拠に欠けた。  なら、 「現行犯逮捕しかないわ!」  という台詞は容易に想像出来たわけで。 「そのプリン、睡眠薬が入ってるんでしょ?」  夏帆は不敵に笑って高らかと言った。「あんたが今日の昼間、夜眠れないからって、睡眠薬貰ってたの、知ってるんだから!」  福原和幸の引きつった表情に、葛木は落ちたなと確信した。その傍で福原美穂は事態が飲み込めないいうすで、呆然としている。 「なっ――」 「何か言いたそうね、何?」  夏帆は意地悪く聞きながら歩み寄り、ベッドの傍にある仕事鞄を手に取った。「何処にあるの?」 「なっ――何の話だ!」  福原和幸の叫びは自供も同然だった。夏帆でなくても、刑事なら誰だって解る。こんな単純明快な反応だ。 「この鞄ね、底がやけに分厚いわね」夏帆は、和幸の私物の鞄を手に取った。「まさか、これ、二重底になってるなんてことはないわよね?」  なってるに決まってる。和幸が口をパクパクさせていた。もう終わりだ。夏帆が満面の笑みで鞄の底の縫い目を破ると、目的のモノが床に当たって音を立てた。 「そんな仕組みになっていたんですね」と感心したように言ったのは、葛木の後ろに立っていた正木芽衣で、カモフラージュのためのギブスを巻いたままだった。張り込みのための偽装入院だと言うことは、夏帆が整形外科のドクターに根回しして実現したことだった。が、どのような根回しがあったかは聞かぬが花。 「凶器のナイフね。福原東次郎殺害に使用したナイフはこれね?」  福原美穂は目を見開いて、「これが、お父さんを刺したナイフなのーー?」と驚いた声を上げた。 「凶器が中々見つからなくて困ってたのよ」と夏帆が言う。 「見つからない場合は、大抵ホシが持ったままだから」  ね? と夏帆は和幸を見やり、ニヤリと嗤う。「ってことだから、昨日、あなたにカマをかけたの。でもまさか、その日のうちに、奥さんに会いに行って、しかもその途中で事故に遭うなんて、さすがに思わなかったけどね」  「どういうことなんですか」と美穂が尋ね、その横で和幸は苦虫を潰したような表情で爪を噛み始めた。 「簡単なことよ」と夏帆。 「あたしたちは昨日、この男に言ってやったのよ。《警察は奥さんを疑っています。でも証拠がないんです。でも奥さんの所持品を調べて凶器が出てきたら即逮捕ですけどね!》ってね。そうしたら思惑通り、この男は凶器を持ってあなたに会いに行った。きっとあなたのロッカーとかにでも、凶器のナイフを隠す積りだったんでしょうね。まぁ、交通事故にあったのは想定外だったし、そのせいでこの男は、こっそり隠すことが出来なくなった。そうしたら手段は限られてくるわ。早いうちに、何らかの方法で、あなたの指紋を凶器につけようとするんじゃないか思ったの。睡眠薬を何かに混ぜて、あなたに食べさせるか飲ませる。眠ったら凶器に指紋をつけて、警察に通報。その場で即逮捕されて、自分は安心安心! って、どーせそんな単純な考えしかもってないに決まってるって思って、睡眠薬を仕込めるようにわざわざ昼間にプリン差し入れさせたってわけよ」  まぁ要するに夏帆は、家宅捜索とか身体検査とかの令状を申請するよりも、手っ取り早くプリンで誘導して現行犯逮まで漕ぎ着けようと思ったわけだ。確かにそっちの方が簡単で手っ取り早い。 「張り込んでくれてた芽衣ちゃんからの報告で、鞄が怪しいって事も掴んでたし、まぁ観念することね!」 「くっ――しかし、ナイフを持っていたからって、それが義父さんを殺したという証拠には――」 「何言ってんの、所持してる時点で銃刀法違反でしょ。現行犯よ現行犯!」  夏帆はビシッと人差し指を突きつける。葛木が手錠を取り出した辺りで、和幸は頭を垂れた。  その瞬間。  福原美穂は哀しみと安堵に満ちた表情を浮かべた。彼女の瞳を覗き込み、芽衣は「良かったですね」と小さく声をかけ、去っていった。
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