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僕の恋人の頼子さんは、一言で言えばクールな人だった。
人間的な温かみに欠けているという意味じゃない。物腰は柔らかいし、気遣いもこまやかで、職場での人望は厚い。
でもどこか一歩引いているというか。いつも冷静で、頼もしくて、感情にブレがないのだ。
僕が新入社員研修を終えて隣の部署に配属されたばかりの頃、彼女と直接話す機会はほとんどなかった。だから、とても有能な人だという噂を漏れ聞いて、ほんの少しのミスでも見咎められてしまうんじゃないかと内心でびくびくしていた。たぶん彼女の端正な容姿も、勝手なイメージを膨らませるのに一役買っていたのだろう。
予想していたとおり、頼子さんとの初めての会話はちょっとしたヘマがきっかけだった。けれど、その人柄は想像と全然違っていた。
そのとき僕は、作成中の書類に不明点が出てきて、担当者に確認しにいくところだった。
「長谷部くん」
背後から突然呼びかけられて、僕は振り返った。
「落とし物」
通路の真ん中で一枚の紙をひらひらさせている女性は、みんなから一目置かれる優秀な先輩――美波頼子さんだった。
しっかり手に持っていたはずの書類がいつの間にか一枚抜け落ちていて、僕は慌てて「すみませんっ」と頭を下げた。
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