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誘惑 1
コンコン、と少し控えめなノックの音だけで谷口だとわかるようになるまで、そう時間はかからなかった。
一度合唱部の練習中に来てしまった時に部活の予定表を渡したのをきちんとチェックしているらしく、部活動がない日にやってきて二時間ほど勉強して帰っていく。
ある日、ふいに谷口から話しかけてきた。
「先生って結婚してるの?」
「いや、してないよ」
谷口を見ると机の上のノートか参考書からは目を離していない。
やや俯き気味のまま話を続ける。
「ふーん。彼女は? いないの?」
「今は、いないな」
いたとしても、生徒にしゃべるようなことでもないのだけど。
「そうなんだ」
谷口から聞いてきたわりには、関心のなさそうな返事が返ってくる。
「何?」
「別に」
「そう」
次のコンクールの曲選びのために見ていた楽譜に視線を戻したとき、思いがけない言葉が耳に入った。
「セックスはしたことある?」
「え?」
思わず聞き返すと、谷口は顔を上げて、僕の反応の方が不思議だとでも言いたげな表情でもう一度聞いた。
「セックスしたことはあるって聞いたの」
「……ノーコメント」
あってもなくても、生徒と話すようなことではない。
「なんだ」
「そういうこと誰にでも聞いてるわけ?」
「そういうわけじゃないけど。どうなんだろうって思っただけ。……わたしはあるよ」
「は……」
「ちょっと前に……なんとなく、したんだけど」
どう相槌を打っていいのかわからずに、谷口を見つめた。
谷口は普段と変わらない表情で参考書をめくりながら言葉を続ける。
「あんまりいいって思わなくって。他の人はどうなんだろうなあって」
「そういうことは同級生で話せば?」
「えー、大人に相談したいじゃないですか」
「相談てな……」
谷口のあっけらかんとした様子に呆れてため息が出る。
「どうなの? 先生は?」
眼鏡を指先で軽く押し上げて、こちらを見る。
「……ノーコメント」
「なーんだ」
頬杖をついて、また参考書に視線を戻す。
相手をするのもばかばかしくなってきたので、僕も手元の楽譜に視線を戻した。
「彼氏は? うちの生徒?」
「……内緒。気になる?」
そう言って、ふふ、と笑う谷口がやけに女っぽく感じた。
「別に」
いいとは思わないけれど、高校生くらいになれば男女交際くらい当たり前とも言える。
自分が彼女たちと同じ年の頃でも珍しいものではなかった。
「ねえ、先生」
「何」
「教えてくれる?」
顔を上げると、眼鏡越しにじっとこちらを見つめる谷口の視線とぶつかる。
その瞳から目を逸らすことができない。
「え?」
「誰にも言わないから」
「……谷口?」
「初めてじゃないし」
「何を……」
「上手なセックス。先生、したことあるんでしょ?」
「そんなの……」
「大丈夫だよ。誰にも言わないし、いつもここほとんど誰も来ないじゃない」
そう言って微笑む顔は、夕焼けを眺めて微笑むのと同じ無邪気で穏やかな笑顔で。
立ち上がってこちらに近づきながら、リボンタイを緩めブラウスのボタンを外す。
「谷口。いい加減にしろよ」
開いた襟から白い胸元が覗く。
ちらりと見える谷間は、制服を着た姿からは想像もしなかったくらいに豊かだった。
谷口がすぐそばまできたけれど、どうしてか動けない。
無邪気な微笑みを浮かべた谷口が少し屈むようにして顔がゆっくりと近づき、柔らかな唇がそっと重なる。
「……キス、しちゃった」
今までにない程の至近距離で谷口の顔を見て、笑うと目尻が少し下がることに初めて気がつく。
「……本気か?」
「本気……ではないかな。別に、好きとか思ってないから」
首を傾げる仕草は、まだあどけない。
「だから、重く思わないで」
一瞬、声が震えたように聞こえたけれど、谷口の表情は変わらなかった。
「……じゃあ」
声が少し掠れた。
心臓の鼓動が強く、早くなる。
「服、脱いでみろよ」
「ここで?」
少し驚いたように、眼鏡の奥の瞳を瞬かせる。こんなこと言うべきではない。
わかっていても自制できなかった。
「そう」
まだ今なら冗談だったで済ませられるかもしれない。
そんな考えも頭をかすめる。
でも。
「……いいよ。先生がそう言うなら」
谷口はそう言って、ジャケットを脱いで机の脇に置いた。
躊躇することもなくスカートのホックを外し、ファスナーを下げてスカートを脱ぐ。
リボンタイを襟元から引き抜く衣擦れの音が部屋に響いて聞こえるほど、校舎の端にあるこの音楽準備室は静かだった。
ブラウスのボタンを一つずつ外していく、その指先がわずかに震えている。
「緊張、してるのか?」
「ん……少し」
「誘ってきたくせに」
「まあね。そうなんだけど」
ボタンを全部外したその手を引き寄せた。
「まだ脱いでない」
「もういい」
細い首元に手を伸ばす。
谷口はくすぐったそうに首をすくめた。
鎖骨を指先で撫でながらブラウスを肌蹴て、華奢な体つきのわりにふくよかな胸元にたどり着く。
そこは淡いピンク色のややシンプルな下着に包まれて、谷口の呼吸にあわせてゆっくりと上下する。
指先でそこをそっと触れて背中に手を回し、ブラと同じ色で揃えられているショーツに包まれた尻を撫でた。
谷口は熱っぽいため息を零す。
僕は座ったまま、膝の間に抱えるように谷口を引き寄せ、首筋に唇を這わせる。
ゆっくりと身体を撫でまわした手をまた胸元に戻し、両手でふたつの膨らみを握るように揉みだす。
「あ……」
谷口は鼻にかかった甘い声を漏らした。
手のひらで柔らかな膨らみを揉みながら、ブラごと先端を摘み、捏ねる。
「こういうのは? 好き?」
「ん……好き」
「じゃあ、これは?」
と、ブラを捲って先端を舌先で舐める。
「あっ……!」
谷口はぴくんと身体を震わせて小さな叫び声を上げた。
そこを口に含み、舌上で転がすように舐めて吸い上げる。
ゆっくりと両方の先端を弄り、舐めて、顔を上げて谷口の顔を見るとほのかに上気したように頬を染めていた。
「こんなふうにされなかった?」
「こんなに、ゆっくりじゃなかった、かな」
「それはちょっと、焦りすぎかな。胸、感じるんだろ?」
「ん、……そうかも」
背中に手を回してブラのホックを外した。
胸の弾力でふわりと浮き上がったブラを軽く上げて、胸の丸みに沿って指先で撫で、ショーツの上辺にたどり着く。
「本当に、いいのか?」
「いいよ」
あっさりとした返事が耳に入ったと同時に、その下に指を伸ばす。
他の肌よりもやや温かくしっとりと湿り気のあるそこを、ショーツの上から割れ目に沿って指先を滑らせた。
「はぁ…っ……」
のけ反る首筋に唇をあて、顎まで舐め上げる。
ゆっくりとショーツを下ろすと、やや薄い小さな茂みが露わになった。
「机の上に、座って」
谷口を机に座らせ、その脚を大きく開く。
「お尻冷たい」
「しかたないだろ」
「ドアに鍵したほうがいいんじゃない?」
「……そうだな」
指摘された通りにドアに鍵をかけた。
電灯も消してしまえば、誰かが来たところで留守にしているとでも思うだろう。
振り向くと薄暗い室内で谷口は羽織っただけの状態だったブラウスも脱いでしまっていた。
ハイソックスだけを残して、惜しげもなく白い素肌を晒しているその姿はとても美しく、淫らだった。
その向こうには紫色に染まった空が広がっている。
「学校でこんな裸で、男を誘って……こんな生徒がいたとはな」
谷口の正面に立って、腰を抱き寄せた。
「そんな誘いに乗っちゃってるような先生も、ここにいるけど…っ……」
最後、言葉にならなかったのは、僕が茂みの奥に指を挿し入れたせいだ。
中指の腹で前後にゆっくりとなぞると、温かな蜜が溢れだしてくる。
「もっとこっちに見せて」
僕の指示通りに、谷口は後ろ側に手をついて浅く腰かけるような体勢になった。
充分すぎるほどぬかるんだそこに深く指を進める。
溢れ出た蜜を親指で小さく膨らんだ突起に塗りつけると、谷口はせつなげな声を上げ、胎内の僕の指を締め付けた。
「ここ感じるんだ?」
そのまま親指でそこを軽く引っ掻くように撫でる。
同時に胸の頂を口に含み舌で弄ぶと、谷口の声は言葉にならない。
「あまり大きな声は出さないようにな」
「んん……っ……」
眼鏡越しの潤んだ瞳は、ただ僕を煽っているようにしか見えなかった。
中指をゆっくりと出し入れしながら、親指と人差し指を使って紅く膨らんだ芽を擦り、弄る。
「あ、それ……ダメ、変になる…っ……」
「そうされたくて誘ったんだろ?」
薬指も割れ目にねじ込み、二本の指で深く貫く。
谷口は悲鳴にも似た声を上げ、そして胎内の僕の指を何度もきつく締めあげた。
「……まだ、続ける?」
荒い呼吸の谷口を見上げる。
指を引き抜くと、とろりと透明な蜜が零れて机を濡らした。
指に絡みついた愛液を舐め取ると、眼鏡の向こうの瞳が満足げに細められた。
「まだ、これじゃ……セックスじゃないでしょ……」
「まあ、そうだけど」
「教えてって言ったのは、こんなのじゃない」
谷口は真っ直ぐにこちらを見つめて、微笑んだ。
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