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誘惑 2
僕はネクタイを緩め、ワイシャツのボタンをひとつ外す。
「コンドームなら持ってる。ブレザーのポケット見て」
そう言われて谷口が脱いだブレザーのポケットに手を入れると、ビニールの小袋があった。
「持ち歩いてるのか?」
地味な見かけによらず、と言うか、谷口みなみというこの女子生徒のことが本当にわからなくなる。
「たまたま、ね。使って」
とりあえず自分では持っていなかったので、言われるままにその袋を破き、スラックスの前を開けて熱を帯びた自分自身に装着する。
身体を密着させて谷口の脚を開き、その間の柔らかな泥濘にあてがった。
ゆっくりと腰を押し進める。
異物を拒絶するかのような窮屈さが却って狂おしいまでの快感をもたらし、目眩のような感覚を覚える。
「……っふ……」
苦しそうな吐息に気づき谷口の顔を見ると、眉をぎゅっとひそめて前髪越しに汗の粒が浮かんでいるのが見えた。
「谷口……?」
「や……なんとも、ない……」
「痛いなら、無理するな」
「なんともないってば……」
首を横に振って、息をつく。
……嘘なんだろう。
ふとそんなふうに思った。
どこまでが本当で、どの話が嘘かはわからない。
ただ、今なんともないと言うのは明らかに嘘だ。
それでも谷口はきつく目を閉じたまま、
「ねえ、動いてよ。気持ちよくして」
と、囁く。
「一回深呼吸して。力抜けよ」
僕のワイシャツの肩口を強く握りしめていた谷口の手に自分の手を重ねた。
その手が冷たい。
谷口は言われた通りに一度、二度と深くゆっくりと呼吸をする。
「少しマシになったか?」
「……最初から、なんともないの」
「嘘吐きだな」
「そんなことない」
汗のせいか少しずり落ちた眼鏡を指先で直して、真っ直ぐに僕を見つめる。
細い手に籠っていた力は少し緩んでいた。
「強がるならいいさ」
今の谷口のそこは、僕を深くまで誘い込むようにひくひくと蠢き、きつく包み込んで離さない。
根元まですべてその胎内へと挿し込んだ。
谷口は声を噛み殺すように唇を噛み、きつく目を閉じていた。
ゆっくりと引き抜き、また深くまで押し挿れる。
逸る気持ちを抑えながら時間をかけて何度となく抽送を繰り返すうちに、谷口の表情も和らいで甘い喘ぎ声を漏らした。
少しずつ腰の動きに力を込める。
「せんせ……先生…っ……」
絡まるようにしがみつく谷口をかかえて、抱き上げた。
「きゃ……」
「そっちのソファに行くぞ。掴まって」
応接用に置いてある安っぽいソファではあるが、机の上よりはましだろう。
「ん……立つと、すごく…深いとこ……」
「痛い?」
返事の代わりに首を横に振った。
「こういう体位もいいってこと?」
立ったまま、抱えた谷口の身体を揺すった。
「あっ、やだぁっ……」
僕の首に腕を回して必死にしがみつく。
ソファに谷口を横たわらせて、その上に覆いかぶさった。
「キスは、嫌」
唇を重ねようとしたとき、谷口はふいに横を向いた。
「さっきしただろ?」
「今は嫌」
「ふうん……まあ、いいや」
と、目の前にあった谷口の耳元に唇を寄せ、耳たぶを食んで口に含む。
腰を打ちつけると肌の当たる音に泡立つような水音が増していく。
見下ろすと、僕の動きに合わせて胸の膨らみが柔らかく揺れるのが目に入り、やや鼻にかかった谷口の喘ぎ声も耳に心地よく響いて、それらが僕を一層煽りたてた。
この一瞬、教師とか生徒とか、学校だとかをすべて忘れて、ただ女を貪る本能だけで動いているように思う。
「……そろそろ、いくぞ」
「んんっ……」
言葉にならない声を発した谷口の身体は、彼女の意志とは関係なく跳ね上がり、力を失う。
その胎内の収縮に我慢できずに、僕は薄い膜の中へ熱を放出した。
コンドームは念入りにティッシュペーパーで包んで捨てた。
自分の身支度を軽く整えてから、ソファに横たわったままの谷口の側に腰を下ろした。
「……谷口」
乱れた髪を指で梳くと、ピンクのセルフレームの中でふわりと柔らかそうな睫毛がゆっくりと上下してから瞳が開かれる。
部屋の中は電灯を消しているせいで暗くなってきた。
その中で裸のままで横たわる谷口の白い肌が浮き上がって見える。
「ん……」
「下校時間になるぞ」
壁の時計を見上げると、下校時刻を知らせるチャイムが鳴るまであとわずかだった。
僕は立ち上がってドアの側にある電灯のスイッチを入れた。
谷口が眩しそうに顔をしかめる。
「うん、帰る」
「送るか?」
この時間なら生徒もそう多くはない。
地下鉄駅までくらいであれば、怪しまれることもないだろう。
「いい。一人で帰る」
首を横に振って、ゆっくりと起き上がり一度深く呼吸をする。
机の上に無造作に置いてあった制服や下着をまとめて手渡すと、細い腕を伸ばして受け取った。
「お前、……まあ、いいや」
本当は初めてだったんじゃないかと、聞こうとしてやめた。
処分したコンドームにはほんの少しの血がにじんでいた。
初めてじゃなくてもそういうことはあるということも知っている。
そしてもし初めてだったとしても、きっと谷口はそう言わないだろう。
「思ってたよりは、あっさりだったかな」
悪戯っぽい顔をして眼鏡を指先で上げ、生意気なことを言う。
「このくらいにしといてやったんだよ」
二度も達したくせに、と呆れたが、これも谷口なりの強がりなのかもしれないとも思った。
くすくすと笑い声を立てて制服を着る谷口の背中を見ていた。
その向こうの空は紫色に染められている。
外が暗くなったせいで窓には谷口の姿がぼんやりと映って見えた。
「ねえ先生」
下校時間を知らせるチャイムが校舎内に鳴り響く。
「うん?」
「誰にも言わないから」
机に広げたままだった勉強道具を片づけながら、呟くように言った。
髪が邪魔をして谷口の表情まではわからない。
「……ああ」
「誰にも、言わないでね」
「ああ」
誰かに知られたら、二人ともこのままではいられないだろう。
今日の一連の言動を考えると、簡単に谷口を信用できるとは思えない。
しかし、決して誰かに言えるようなことではない。それはお互い様だ。
「……じゃあ、また」
顔を上げリュックを肩にかけてドアの側に立つ谷口は、もうすでに普段の様相を取り戻していた。
谷口の言葉に、『また』今日のようなことがあるのだろうかと考える。
期待でもなくおそれでもなく、なぜか淡々とした気持ちで次に逢う時のことを思った。
「気をつけて」
「うん、また」
静かにドアが閉まるのを確認してから、長いため息を零す。
自分がしたことをゆっくりと思い返す。
許されるようなことではない。
たとえ谷口から誘ってきたことだとしても、それは変わらない。
しかしそれをどこか他人のことのように受け止めている自分がいた。
また、きっと今日のようなことがあるだろう。
それを断ち切ることはできないように思えた。
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