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体は確かに痛かった。だか、それを言ったところで現状が変わるとは思えなかった。そしてそれよりも自身に起きている事を理解しようと、まだぼんやりとする頭をフル回転させていた。 「大丈夫… です」 「やけに流暢に話すが、榊は異人ではないのか?」 「いえ、信州の出ですが、今は京都に住んでます」 「京都とは京の事でしょうか?」 正面の男が柔和な顔を崩さず問う。頷いて返せば、頷き返される。 「此処じゃ異人の格好をした奴なんて見掛けないけどな。 本当は何処から来た」 ビリビリと空気を震わせるような後ろの男もとい土方の声に、部屋の温度が下がった気がした。 だが、そんな雰囲気など全く解さない総司の呑気な声がする。 「土方さん、ほら土蔵の市波さんも連れてきた方が良いんじゃありません?」 「玄邦、市波玄邦も居るのですか?」 ニッコリと笑って返す総司に、萠は少しばかり肩の力が抜けた。 「入りますよ」 お膳を手にした井上が入ってくる。 「おや、もう詮議ですか。少し胃に入れてからの方が良いんじゃないかい?」 穏やかな井上の雰囲気に、一気に部屋の空気が変わった。 重湯の入った椀と匙を萠に差し出し、<熱いから気を付けるんだよ>と井上が微笑む。 お礼を言って椀を受け取ろうと左手を伸ばして力を入れると、脇腹に痛みが走る。 瞬時に顔をしかめた萠を見て、井上が眉尻を下げた。 「無理なようだね。ほら、食べさせてあげよう」 懐から手拭いを出し萠の胸元に掛け、椀を手にすると総司が言う。 「私がやります」 「そんな… 大丈夫です。自分で食べます」 申し訳なさや羞恥心から萠が拒絶の言葉を発しても、何処吹く風で総司は匙を萠の口元に突き出した。 「ほら、早く口に入れないと溢れてしまいますよ」 全く人の話を聞いてない… 萠は諦めて口を開いた。 しかし恥ずかしすぎる。25才にもなって他人に食事を介助されるとは思っても居なかった。 ましてや大の男四人に見られながらだ。此では喉を通る物も通らない。 だが食べさせている総司を見れば、ニコニコと何とも楽しそうなのだ。 どう見てもこの状況を楽しんでいるとしか思えず、半分自棄になって萠は重湯を食べ尽くした。
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