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「それだけ食べられれば大丈夫」 空になった椀を眺めて井上が安心したように言う。 その言葉を待っていたかのように土方が口を開いた。 「総司、市波を連れてこい」 「はい」 総司が出ていって間もなく二人分の足音が聞こえてきて、部屋の障子が開いた途端、聞き覚えのある声がした。 「萠… 気付いたんだな。ごめん、俺のせいだ」 布団の足元に倒れ込むように膝まづいた市波が、震えた声で言った。 萠は直ぐに自分が刺された事を言って居るのだと理解したが、今はそれよりも考えなくてはならない事が多すぎた。 どう考えても萠や市波は、本来自分たちが居るべき時代にいない。 此処は新撰組で、目の前には斎藤一がいる。おそらく自身の体を支えている土方は、あの後世でラスト侍と呼ばれる土方歳三に違いない。 何故こんな事になっているのか。 タイムスリップなど非科学的で余りにも長い夢をみているのかとも思うが、左脇腹の痛みが違うと訴えている。 それに背中から伝わる鼓動や体温、現実に土方らが存在していると認めざるおえない。 そうなると、かなり疑問は残るがタイムスリップが現実であると受け入れなければならない。 果たして現代に帰る手立てはあるのか? 何がどうなってタイムスリップしたのかも分からないなか、その方法を直ぐに探す事は難しいだろう。 さすれば当分の間この時代で生きていく事を考えなければならない。 幕末と言う不穏な時代。 身寄りもお金も、職もない自分たちなど、あっという間に骸とかすだろう。
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