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時間が欲しい。 萠の頭に最後に浮かんだのはその一言だった。 「今はそんな話は良いから…」 繰言を言う市波に静かに萠が言うと、一瞬周りが凍り付いた。 「土方さん、今は何年何月ですか?」 萠の落ち着いた声音にコクリと唾を飲んで土方が答えた。 「文久三年長月二十四日だ」 大学で史学を学び、幕末史を専攻していた萠。 小学生の頃に読んだマンガ歴史偉人伝の中でも、土方歳三は子供ながらに気になる存在だった。 <じょーいってなんでひつようなの? しょうぐんさまってそんなにたいせつ? しんだらいみないよね> そんな単純な思いからだったのだが… そして他にも理由があり、幕末史を専攻していたお陰で、和暦で答えられても萠にはちゃんと状況が理解出来た。 「先程の何処から来たかと言う質問に、もう少し詳しく答えさせてもらいます。 私たちは約一六〇年先の時代の京から来ました」 信じてもらえるとは思っては居なかった。しかし此処で取り繕っても必ず後で無理がくる。 生きて行く手段がない自分たちは、身を寄せる場所と糧を確保しなければならない。 それが出来なければ遅かれ早かれ死ぬ運命なのだ。ならば正直に話し、認めさせるしかない。 一か八かの賭けにでたのだ。 「ハッ、一六〇年先だと」 鼻であしらう土方に、萠はギュッと手を握った。 「私だって信じたくはないです。どうやって来たのか、どうやったら帰れるのかも分からない。 だけど、目の前にいる貴方たちは私にとっては過去の偉人なんです」 其処で萠はハッと気付いた。 「私の荷物はありますか?」 土方は井上に言って萠たちの荷物を持ってこさせた。 萠は生なり色にグレーの持ち手のトートバッグを引き寄せる。中を見れば荷物を改められた事は明白だった。 その中からクリアファイルを取り出し、中の一枚紙を手にした。 フランス語で良かった… 日本語なら全てとはいかなくても、いくらかは彼らに未来を知らせる事になっていた。 「これはもう見ましたよね」 そう言って紙を皆に見えるようにかざす。 「この人物は此所に居る一人の数年後の姿です」 土方と井上以外は初めて見るようで、食い入るように萠の指差す紙の中の人物を見る。 「土方君に似ていますね…」 「そうです。土方さんですよ」 正面に座る男と総司が言う。
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