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一夜明けて朝四つ。
新撰組の屯所に楠始め、荒木田、御倉の断末魔が響いた。
その声に萠がゆっくりと目を覚ます。直感的に楠等だと思った。
萠は染みの浮いた杉板の天井をぼんやりと眺めた。簡単に消えていく命と自身の行く末が不安となって襲ってくる。
意図せずに涙が乾いた頬に伝う。だが何処か冷めた自分がいた。
「気付いたか」
静かにかけられた声に、涙を見られないようにサッと指先で拭う。
「楠たちですか」
「ああ」
萠も土方もその後に続く言葉はなかった。
萠は考えていた。土方等は一六〇年先の時代から来たと言う、突拍子もない自身の言い分に対してどのような結果を導き出したのか。
自身や市波が、今後どのように扱われるのか。
不穏な考えにしか至らず。細い溜息しか出なかった。
斬り捨てご免の沙汰を頂戴している新撰組だ。異人でなければ後の面倒もない。
一番早い解決策は斬って捨てる事。
しかし未だ自分は生かされている。脅して先の事を語らないと約束させた上で、遊郭にでも売るつもりだろうか? 二十五才の年増と言えど、多少の金にはなるだろう。
懐事情の寂しい今の時期の新撰組なら考えられない事ではない。
しかし市波はどうなる?
男であるが故に売り飛ばす事も出来ない。未だ生きて居るだろうか?
「土方さん…」
掠れ声で呼べば、
「何だ? 水でも飲みてぇのか?」
素っ気ない言い方に反して、労るような手が萠の体を抱き起こす。
「悪かったな」
暖かな指が萠の首に触れた。萠の首には土方が着けた手の痕が残っていた。
「いえ、挑発したのは私だから」
土方は、あの時は必死だったと言う萠に水を飲ませる。
「まんまと俺はその挑発に乗せられたわけか」
クックッと心底楽しそうに喉の奥で笑い。空になった湯飲みを脇に置く。
「気の強い女は嫌いじゃねぇ」
そう言って萠の顔を覗き込んだ。
後世に役者のような色男だったと伝わるだけある、男臭さを感じさせながらも整った顔が近づき、萌は目を見開いた。
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