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「何に驚いてやがる。口吸いでもされるかと思ったか?」
ニヤリと口角をあげた土方に萠はハッとした顔を見せた。
「お望みならしてやらねぇ事もないがな」
「本当なんだぁ~」
想像もしていなかった萠の反応に一瞬にして土方の眉間に皺が寄る。
「何が本当なんだ?」
「土方さんが女誑しだって有名なの。うん、今のでスッゴク理解した」
驚きの余り、敬語も忘れて話す萠に土方は鼻で一つ笑い
「女誑しか、そりゃ男にとって褒め言葉だ」
そう言って、萠を寝かせる。
「何か腹にいれた方が良い」
土方が部屋を出て行く。萠は市波の事を聞きそびれたと思い出し考え込んだ。
土方の態度は以前のそれと比べてかなり軟化していた。取り敢えず異人と言う考えは払拭されたように思えた。また間者と言う線もかなり薄くなっているのではと思った。
となれば残るのは一六〇年先から来たと言う事だけだ。本当に信じたのだろうか? そう言い張った自分が思うのも可笑しいが、信じたのならかなりのお人好しだ。
例え萠や市波の知識を利用しようと考えていたとしても、それは此方が加減すれば済む。何処まで知っているか等、彼らに分かる筈は無いのだから。
土方が直ぐに戻って来る。障子をピシャリと閉めて、萌に背を向けて文机の前に座る。
「土方さん、市波さんはどうしているんですか?」
「奴は今は総司と斎藤の部屋にいる。傷が治れば入隊試験を受けさせる」
萠は愕然として聞いていた。市波の剣道の腕前は知っている。現代ではかなりの好成績を上げていた。しかし剣道と剣術は違う。
正に似て非なるモノ。
剣道は得点を狙うスポーツ、所謂ルールの中での戦い。剣術は相手の命を奪う為の戦いだ。ルールも何もない。面、胴、小手の概念もない。ただ相手の体を斬る事に意義があるのだ。
萠はその違いをよく知っていた。何故なら曽祖父が剣術をしていて、その曽祖父が祖父に教え、時代の流れによって祖父は剣道へと移行したが、萠は祖父から剣道 剣術共に仕込まれていた。
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