十一

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萠はその思いを乗せて土方唇に自身の唇を重ねる。 込み上げるは愛しさ。滲み広がるは謝意。 そのどちらも伝われと願う。 離れた萠の唇を土方のそれが追う。しっとりと重ねるだけの触れ合いで離し、土方は萠の頭を胸元に抱き締めた。 「大切なものを守りたい。誰でも思う事だろうが、守りたいと言う思い程厄介なものはねぇな」 土方の声が萠の脳を揺さぶる。 土方の言葉はけして自身の胸中を察して出たモノではなく、土方自身の思いに対しての言葉であると分かっていても、その重さが身に染みる。 厄介であっても守りたい。何物にも代えがたい目の前にある命を守りたい。たとえ我が身と引き換えにしても。 ああ、私はこんなにも愛している。この時代を、新選組を、土方歳三と言う男を… そう思うと必然だろうか自然と言葉が口から零れる。 「愛してる…」 「ん?」 「何でもない…」 『愛してる』江戸時代には未だ無い言葉だった。明治に入ってから英語のloveを訳すために広まった言葉だ。近年まで日本語には『愛する』と言う概念は無かった。 如何にも日本らしいと言えばそうだが、心情を表す言葉として「愛しい」「恋しい」はあっても、人を愛する事を直接表現するのは奥ゆかしさ等を良しとする日本人には情緒がないと思われていたようだ。
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