十一

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「萠、大丈夫か? 未だ考えても仕方がない事で悩んでるのか?」 市波がガッシリと萠の両肩を掴み、その顔を覗き込んでいた。 この男がいたか! 平常、浜崎邸の土蔵にこもり、食事の時間は他の隊士に紛れていた。土方と顔を突き合わせるのは、薬の開発の報告がある時のみ。 土方にとっては影の薄い存在だった。 しかし市波は萠と同じ先の世から来た男である。己に話せない事でも市波になら話せる事もあるだろう。 ましてや一度は恋仲だった相手だ。それが癪に触らないと言えば嘘になるが、萠の現状を打開しようと思えば、市波に頼るのが近道だと土方は思った。 「ちよっと、降ろして!」 土方の背後から萠の慌てた抗議の声が聞こえる。振り返れば市波が萠を抱え上げていた。 「却下!!」 己を追い越しズンズンと進む、頭一つ己より高い位置にある後頭部に言う。 「市波、後で話がある。榊は休め」 「承知」 振り返らずに答えた市波の肩口から、萠がすまなそうな顔を覗かせていた。その愛しい女の顔に薄く笑ってやりながら、土方は廊下を曲がっていく二人を見送った。 惚れた女に気安く触れる男が癪に触る。が、己の立場や萠の意図する事を考えればその嫉妬心を曝す訳にはいかない。土方は苛立ちが滲む足音を立てて自室へと向かった。
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