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市波にとって萠との別れは卑怯ではあるが、望んだものではなかった。 単に自分の不甲斐なさから起こった事だとしても。 しかし、杉本にとってはとても嬉しい事だった。 新入社員として市波が新薬研究室に配属された日、一目見て市波に惹かれた。 186センチもある身長。剣道で鍛えた体は肩幅も広く、スーツが良く似合っていた。 スッキリとした顔立ちに、人懐こい笑顔ではにかむ様子。 仕事ぶりを見れば、責任感が強く真面目な性格。 どれも杉本にとって魅力的な男だった。 しかし入社当時、市波には萠がいた。話の端々から溺愛しているのが窺い知れた。 そんな市波が入社二年目になった時、遠距離恋愛になったと聞いた。 あれだけ溺愛していたのだ。離れてしまった距離に寂しさを抱かない筈はない。 研究が一段落ついた祝いの飲み会で、連日の徹夜も手伝って酩酊していた市波に杉本は誘いをかけたのだ。 市波はその誘いにのった。杉本は萠に勝ったと思っていた。 しかし萠と再会した市波の様子は、杉本を不安にさせるには十分過ぎた。 フランスからの視察団の為のツアーを打ち合わせる間、手元に渡された資料ではなく、市波はチラチラと萠の方ばかり見ていたのだ。
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